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review

イ・チャンドン×筒井真理子
第6回
「グリーンフィッシュ 4Kレストア」

聞き手 溝樽欣二
構成 濱野奈美子


人間はちょっとした嘘もつくし、でもこれだけは譲れないというものを持っていたり、
その矛盾しているところが良く理解できます

「イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K」が全国順次開催中。
今回上映されるのは、イ・チャンドンが制作の原点と人生を語る新作ドキュメンタリー「イ・チャンドン アイロニーの芸術」と今まで発表した長編映画の計7本。イ・チャンドン全長編監督作品を女優・筒井真理子が語る。6週連続の特別企画、その第6回。

――「グリーンフィッシュ」はイ・チャンドンの映画監督デビュー作です。ご覧になっていかがでしたか?

43歳にして小説家からの転身で映画監督になるとしたら、最初の作品がものすごく大変だったということは想像に難くないです。小説家なら自分一人で自分の世界を作ることができる。でも、映画は共同作業です。イ・チャンドン監督はとても社会性がある方だと思うので、スタッフや関係者との調和を考えつつ、ある意味謙虚に作業されたのだと思います。私はイ・チャンドン監督の作品の中で「グリーンフィッシュ」を最後に観たのですが、監督の持ち味が見えるところもありますが、そう思えない部分もある。それはそんな理由からなのではないかという気がします。イ・チャンドン監督は、映像が1作ごとに変化しますが、「グリーンフィッシュ」の中にもその萌芽は見られます。この後、文学的になり、「シークレット・サンシャイン」や「ポエトリー アグネスの詩」では哲学的にさえなっていく。変化が目覚ましいです。共通する題材も出てきます。主人公のマクトン(ハン・ソッキュ)の一番上のお兄さんが脳性麻痺の方だったり、母親の誕生日に家族が集まっている時に不協和音が起きたり。その後でマクトンは車で円を描くように家族の周りを走るのですが、「ペパーミント・キャンディー」では主人公ヨンホがスニムと別れた後、自転車で円を描いていました。

――最初も鉄道ですし共通点は多いです。マクトン役のハン・ソッキュはいかがでしたか。

ハン・ソッキュさんは良かったですね。芝居が信じられる気がします。

――夢は何かとボスに聞かれて、「家族一緒に暮らして小さな食堂を開く」と。それをマクトンに語らせるっていうのは、そうした若者の夢というか真実をイ・チャンドン監督は本当に信じているんじゃないですかね。でも主人公は殺されて、悪が蔓延る。

組織のボスのテゴン(ムン・ソングン)が「俺たちはヤクザじゃない」と言っていることと、やっていることに落差があり面白いです。より酷い、むしろ賢いということなのかもしれませんけれども。

――チンピラ組員役のソン・ガンホも途中で寝返ってしまうし。 役者の中にはリズム感があって飽きさせない動きをする人がいますが、ソン・ガンホさんはそういう感じがしました。舞台をやっていると、お客さんが飽きていると感じることがある。そういう時に自然に動きの大きさを変えたりして、リズムを変えたりする人もいます。舞台出身でしたら、そこで会得したものなのかもしれない。それを映像でも自然にできてしまうのだと思います。ところで、テゴンの情婦ミエが、何か名前みたいな言葉を言う、あれはおまじないでしょうか。

――祈りの言葉という設定らしいです。

3回言います。1回目はマクトンと再会した時、2回目が検事を丸めこもうとしたテゴンが彼女を彼の元へ行かせた後、最後がテゴンにマクトンが刺された時。イ・チャンドン監督の作品で面白いのは複数の見方ができることです。雑誌の評で彼女がマクトンを利用するために駆け落ちをしたと書いてあるものを読んだのですが……。

――それ、私が書きました(笑)(※当社発行「作家主義 韓国映画」参照)

私は、彼女は本気だったと思います。おまじないがなければまた別な見方ができるかもしれませんが。ラストも、たまたまマクトンの遺族の店に寄ったという方もいますが、私は、テゴンは名乗らずに、きっと見舞金みたいな形でお金を家族に渡したのだと思います。それで、その店がどうなったか確認しに行ったのだと思いました。

――あそこは確かに唐突ですよね。

たまたま行ったように見せる仕掛けもしてあるのです。次男の方に「どこかで会ったよね?」と聞くのはいかにも偶然ぽい。でも、会計の時に飾ってある写真を褒めるのは、確実に知っているようにも見える。どちらともとれるのが、イ・チャンドン監督らしい。マクトンが標的を殺しにいく前のシーンで、テゴンが「夢を追い続けてきたことの代償が大きかった」と少ししんみりした事を言う。あのシーンも、その後に抱擁したところでは何を言ったのかはわからない。「殺せ」とは言っていなさそうだけど、どう殺させるように持っていったのか。さらにその後、テゴンに電話が入るけど、マクトンからなのか、ほかの誰かからなのか、それもわからない。聞いている表情も無表情ぽくしています。

――わかりやすく説明はしませんね、イ・チャンドン監督。

「ポエトリー~」でも被害者の母親の心の動きは分かりませんでしたし、「オアシス」のラストシーン、私は木を切っている彼の笑顔と光の中で掃除をしている彼女の姿で救われると思っていますが、現実的な受け取り方をするなら悲惨極まりないとも見えます。イ・チャンドン監督は一元的には描いていない。それが素晴らしいと思います。小説も書かれる方だから、観察力や洞察力が鋭い。人間はちょっとした嘘もつくし、でもこれだけは譲れないというものを持っていたり、その矛盾しているところが良く理解できます。そして、説明はしない。どちらにも取れるし、どちらに取ってもいいというのは、やはり作品の力が強いということなのだと思います。

筒井真理子
山梨県出身。早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」で初舞台。第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した「淵に立つ」(16)の演技力が評価され、数々の映画祭で主演女優賞に輝いた。主演作品「よこがお」(19)で芸術選奨映画部門文部科学大臣賞受賞。全国映連賞女優賞受賞。Asian Film FestivalのBest Actress最優秀賞受賞。主な出演作に「クワイエットルームにようこそ」(07)、「アキレスと亀」(08)、「愛がなんだ」(19)、「ひとよ」(19)、「影裏」(20)、「天外者」(20)「夜明けまでバス停で」(22)など。最新主演映画「波紋」が23年5月より全国公開。近年の舞台に「そして僕は途方に暮れる」(18)、「空ばかり見ていた」(19)、COCOON PRODUCTION 2021+大人計画「パ・ラパパンパン」(21)などがある。ドラマ「エルピス-希望、あるいは災い-1」(22)、「大病院占拠」(23)、「ヒヤマケンタロウの妊娠」(23)、「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」(23)「ラストマン-全盲の捜査官-」(23)、に出演。今後も多数公開作品が控えている。書籍「フィルム・メーカーズ ホン・サンス」の責任編集を果たした。A PEOPLE出版の「作家主義 ホン・サンス」、「作家主義 韓国映画」(パク・チャヌクの章)でインタビューが掲載されている。


イ・チャンドン レトロスペクティブ 4K

「グリーンフィッシュ 4Kレストア」
監督:イ・チャンドン
脚本:イ・チャンドン/オ・スンウク
出演:ハン・ソッキュ/ムン・ソングン/シム・ヘジン
原題:초록물고기(The Green Fish)
配給:JAIHO
1997年/韓国/111分
Ⓒ2005 CINEMA SERVICE CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED

ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中


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