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小林淳一
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星川洋助
イ・チャンドン
創作の源泉がここにある
現在全国順次開催中の「イ・チャンドン レトロスペクティブ 4K」公開にあわせ5年ぶりの来日となった映画監督イ・チャンドン。8月8日、代官山蔦屋書店にて、小説集「鹿川(ノクチョン)は糞に塗れて」出版トークイベントが行われた。
「小説を書き始めたきっかけ」を語るイ・チャンドンにその創作の源泉をみた。
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子供の頃から、小説といいますか、文章を書き始めたんです。まるで落書きをするように何かを書いていました。そのとき、文章を書いて誰かとつながりたい、誰かとコミュニケーションしたい、そういう欲望があったという自分の心理が理解できました。小説でも触れているところがあるのですが、私が子供の頃は、この社会というのは戦争が終わった後で、非常に誰もが苦しい中、生活をしていた時代でした。私の家も私の家族も、苦しい生活を強いられていたので、私自身も常に疎外感を味わっていたんです。
子供の頃、よく引っ越しをしたんですけれど、最初に間借りした家から、また別の家へと引っ越しを繰り返していました。それは、引っ越した先の路地裏で遊んでいる子ともう一度新しく出会うということになるので、そこにいる人たちにとっては、わたしは異邦人のようにみえたと思うんですね。常にそこで私は疎外感を感じていて、その場になじむというのが非常に難しかった。私には7歳上の姉がいました。姉は脳性麻痺の障害があって、常に周りからからかわれていたんです。当時の子供たちは野蛮性といいますか、今よりも表にそういう感情を出していましたので、姉のあとをついてきて、後ろ指をさされた。私は、姉をからかう子供たちと喧嘩をしなければいけない。なので、なおさら疎外感を抱くことになったんです。そういったさみしさというのがどこかにありました。
だから、顔も知らない、名前も知らない誰かと繋がりたい、意思の疎通をしたい、わかり合いたいとう欲求が私の中にうまれ、わたしに文章を書かせることになったのだと思います。
鹿川は糞に塗れて
イ・チャンドン(Lee Chang-dong):著
中野宣子:訳
定価2,860円(税込)
発行:アストラハウス
発売中
イ・チャンドン レトロスペクティブ 4K
配給:JAIHO
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開