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review

イ・チャンドン×筒井真理子
第3回
「バーニング 劇場版 4Kレストア」

聞き手 溝樽欣二
構成 濱野奈美子


世界はどんどん便利に、そして洗練されて行くことで、
モノが見えにくくなっている

現在、全国順次開催中の「イ・チャンドン レトロスペクティヴ 4K」。 今回上映されるのは、イ・チャンドンが制作の原点と人生を語る新作ドキュメンタリー「イ・チャンドン アイロニーの芸術」と今まで発表した長編映画の計7本。イ・チャンドン全長編監督作品を女優・筒井真理子が語る。6週連続の特別企画、その第3回。

――「バーニング 劇場版」は直近の長編最新作ですが……公開は5年前でした。

きれいな映画だと思います。映像もとても綺麗でした。村上春樹さんの原作では、主人公が若い青年ではなく家族のある人でした。それを若い青年に置き換えた。ギャツビーと言われていたベンのことを、主人公のジョンスは「韓国にいっぱいいるんだよ、若いのになぜかお金を持っている、こういう人たちが」と言っていましたが、それは本当なのだろうと思いました。それと、やはりヘミがとてもかわいかった。リトルハンガーとグレートハンガー、つまりお腹が空いた人と人生に飢えている人を探しに行く、彼女のような人は結構いそうです。役者をやっている私の友達にも似た感じの人はいます。

――イ・チャンドン作品には珍しい、雰囲気も変わったと思います。

すごく変わりました。何か心境の変化があったのでしょうか。以前、監督のインタビューを読ませていただいた時、「社会に対する怒りみたいなものが曖昧になってきている」とおっしゃっていました。私も何か物を作るのには、怒りや悲しみみたいなコアなものがないと届かない気がします。以前、脚本を書いてみたい、映画を撮ってみたいと思ったことがありました。昔はそういったコアみたいな物が私の中にもいっぱいありました。でも、確かにどんどん曖昧になっていく、もしくは、手に負えなくなっているのかもしれない。世の中は複雑ですし、問題も起きすぎている。「まさか」ということがあまりに多過ぎ、動きも早過ぎて、捕まえられなくなってきている感じがします。日本も60年代は、その怒りみたいなものを向けるところがありましたが、だんだん敵が分からなくなってきている。もしくは、敵はいないかもしれない。韓国でも今は曖昧になっているから、監督はこういう作品を作ったのかもしれない。だから村上春樹さんの作品を選んだのでしょうか。確かに村上春樹さんは、そういう捕まえどころのないものを文学にしてしまう作家ですから。

――村上春樹の原作を選んだのは、今作で初めて共同脚本を担ったオ・ジョンミで、イ・チャンドンは初めて原作を読んだときに、この題材を撮るべきか、自身が映像化する理由を掴めずにいたけれど、その脚本家と話していて、この中には私がやるべき現代の怒りのようなことを見つけたそうです。

そうですか。それにしても、あの坡州のジョンスの実家で3人が集まって「今日は一番いい日」とヘミがいうのは印象的で綺麗なシーンでした。だんだん空が白く霞んでいく映像が美しかった。結末ははっきりと描かれていないので、自由に解釈していいと思うのですが、私はきっと彼女は殺されたんだろうと思います。ボイル(猫)がいますし。

――そう思います。ベンが「最近、ビニルハウスを燃やした」っていうのは彼女を殺したっていうことでしょう。

スティーブン・ユァンさんはベンにぴったりでした。3人ともすごく良かったです。あの3人と、燃えるような夕陽の景色…それだけで成立しそうな感じがありました。ベンがジョンスに「ヘミはあなたのことを特別で、あなたのことだけ信用している」と言います。「嫉妬なんかしたことなかったのに」と。あれは本心でしょうね。

――色んな解釈があるかもしれないけど、ベンはジョンスを「愛していた」んじゃないですかね。ここまでは村上春樹は言ってないですし、そこは映画が小説を超えていると思いましたね。例えば、明らかにベンはジョンスが見つけるようにいろいろと仕掛けていると思いませんか。猫も殺せばいいのに、ベンの家にいる。彼は死にたいんですよ。殺されたい。そのためにジョンスを選んだ、だから誘う。つまりジョンスはその役割だと。

今までベンが殺したいと思った人間には、あのジョンスのように追いかけてきた人はいなかったのかもしれません。誰かが言っていましたが、若いうちにお金を持ってしまうと、何にも気力が湧かないと。生きていくことに何も困ることはないわけで、命の危険を感じることもない。そうすると、何に向かって生きるのかわからなくなってしまう。ベンもきっとそうで、一番面白そうなことが人を殺すことだったのではないでしょうか。

――もうひとつは、ジョンスのお父さんが自分の怒りを止められなくて、いつも事件を起こしてしまう。父と子の宿命というか、自分にもその血があるわけじゃないですか。だからジョンスが見る幻想の中に怒りのメタファーとして、ビニルハウスが燃え上がっているシーンがある。ジョンスとベンはどこか似ている、通じるものがある。本当にひとつの解釈ですけど、ふたりはお互いの共通点を見出し、最後は殺し合うという。

小説の中でも、そうして燃えた納屋を探し歩いていると、自分の中で納屋を焼くというイメージが膨らんでいく、焼いてしまったほうが話は早いんじゃないかと思うと書いてあります。それを待っている。そして、それを焚き付けている感じもあります。

――イ・チャンドン監督は多様な解釈ができる映画を作りました。

言葉にするのが難しい映画だと思います。ちょっと考えをまとめさせてください。村上春樹さんの小説の掴みどころのない世界観を見事に踏襲しつつ、登場人物の生活を見せることで、物語がより深くなっていると思います。私たちより上の世代の人達は階級や政治に問題意識があって、戦うべき相手がいた。でも今は何が問題なのかもわからなくなってしまった。監督がおっしゃる通り、世界はどんどん便利に、そして洗練されて行くことで、モノが見えにくくなっている。それを見事に映像にしていると思います。

――そうですね、具体性は増しています。

曖昧模糊としながらも、実は江南のベンの家と、ワンルームの北からしか光が当たらない狭いヘミの家、それと坡州の田舎とくっきり分かれている。それが混ざりあっているので、芒洋とした感じがするんだと思います。でも、実は意外とはっきりと描きたいものを描いている映画ではないでしょうか。

筒井真理子
山梨県出身。早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」で初舞台。第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した「淵に立つ」(16)の演技力が評価され、数々の映画祭で主演女優賞に輝いた。主演作品「よこがお」(19)で芸術選奨映画部門文部科学大臣賞受賞。全国映連賞女優賞受賞。Asian Film FestivalのBest Actress最優秀賞受賞。主な出演作に「クワイエットルームにようこそ」(07)、「アキレスと亀」(08)、「愛がなんだ」(19)、「ひとよ」(19)、「影裏」(20)、「天外者」(20)「夜明けまでバス停で」(22)など。最新主演映画「波紋」が23年5月より全国公開。近年の舞台に「そして僕は途方に暮れる」(18)、「空ばかり見ていた」(19)、COCOON PRODUCTION 2021+大人計画「パ・ラパパンパン」(21)などがある。ドラマ「エルピス-希望、あるいは災い-1」(22)、「大病院占拠」(23)、「ヒヤマケンタロウの妊娠」(23)、「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」(23)「ラストマン-全盲の捜査官-」(23)、に出演。今後も多数公開作品が控えている。書籍「フィルム・メーカーズ ホン・サンス」の責任編集を果たした。A PEOPLE出版の「作家主義 ホン・サンス」、「作家主義 韓国映画」(パク・チャヌクの章)でインタビューが掲載されている。


イ・チャンドン レトロスペクティブ 4K

「バーニング 劇場版 4Kレストア」
脚本:オ・ジョンミ、イ・チャンドン
原作:村上春樹
出演:ユ・アイン/スティーヴン・ユァン/チョン・ジョンソ
原題:버닝(Burning)
配給:JAIHO
2018年/韓国/148分/PG12/スコープサイズ
Ⓒ2018 PinehouseFilm Co., Ltd. All Rights Reserved.

ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中


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