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review

イ・チャンドン×筒井真理子
第1回
「ペパーミント・キャンディー」

聞き手 溝樽欣二
構成 濱野奈美子


「人生は美しいか」と聞くのも、
その後のシーンで意味がわかる

「イ・チャンドン レトロスペクティヴ 4K」が8月25日(金)よりスタートする。今回上映されるのは、イ・チャンドンが制作の原点と人生を語る新作ドキュメンタリー『イ・チャンドン アイロニーの芸術』と今まで発表した長編映画の計7本。イ・チャンドン全長編監督作品を女優・筒井真理子が語る。6週連続の特別企画、その第1回。

――「ペパーミント・キャンディー」の物語は時代が現代から過去へ遡っていく作りになっています。大胆で野心的な語り口です。過去二十年ぐらいの激動の韓国現代史を背景にその軌跡がよく分かる映画でもあります。

イ・チャンドン監督は、あえて民主化運動を取り締まる側の男性を主人公に選びました。確かに、運動をしている方にしてしまうと、ストレート過ぎて魅力が薄まるかもしれない。しっかりと反対側の人を描いている。運動をしている青年が捕まった時の車の中での表情が良かったですね。かっと目を見開いてずっと主人公を睨みつけている。その顔を監督は撮りたかったのだろうと思います。「権力には屈しない」それが物凄く伝わってきました。

――主人公・ヨンホを演じ、当時はまだまったくの無名の俳優だったソル・ギョングの演技はいかがでしたか?

素晴らしかったです。(1980年5月何の任務かよく知らされないまま軍隊に入った彼が)靴に水が入って歩けないと言っている……本当は銃で撃たれた血だったのですが、その血を見ても水が……と同じことを言っている。そんな気の弱い人が目の前で高校生を……本当にあった事件なんですよね。その高校生を自分は守ろうとしたのにうまくいかなかった。兵役というのは精神的に通常とは真逆のことをしなければならないので、歪みもきっと出ると思います。戦うことに向いている人と向かない人はやはりいるのではないですか。精神が健全なまま戻ってくる人もいるでしょうし、メンバーによってもまた違うでしょうし、いじめがあるところも無いところもあるでしょう。環境や運不運もあるかもしれません。何かを抱えて彼みたいになる人はたくさんいるのだろうと思います。

――仕事仲間の韓国人とお酒を飲むと、必ず兵役の話になります。それだけ強烈な経験だったということなのだろうと思います。

韓国は38度線があって日々危機感がある。日本は海に囲まれているというのは大きな違いです。日本人は平和ぼけしているとよく言われますが、日本が78年間戦争をしていないのはすごくいいことだと思っています。ただ、政治離れをしていることは良くないと思います。今回のコロナで、大勢の方々が政治は生活に結びついているということを実感できたと思います。兵役がない分、政治に参加する何かがあるといいのかもしれない。それにしても、人類はなぜ戦うことが好きなのでしょう。爆弾を使用すればすごい二酸化炭素を発生させるのですから、牛が出すメタンガスよりそちらを問題にするべきだと思います。気温が上がれば、海水温が上がって、陸地がなくなる。陣取り争いをしているうちに陸地そのものがなくなって行くというのは感覚的にわかると思うのですが。

――当時の韓国の民主化運動をリアルに感じていたりしましたか?

ニュースではたくさん見ていました。その頃、日本はバブルに入りつつある状態で、世界はどんどん広がっていくと思っていた私たちがリアルに感じていたかどうかはわからないです。学生運動の時代ではないですが、そういう匂いの残っていた大学に通っていたせいか、理不尽だと思うことにちゃんと怒ることができる世代には、私自身ちょっとした憧れみたいなものはありました。

――イ・チャンドン監督は、汚れ切った男がどんどん純粋に変わっていく姿を観客に見てもらい、昔の自分を思い出してほしいと語っています。

社会で生きていると自分を押し殺す場面は多いです。例えば、昔なら転んでいる人がいたら助けに行ったのに、今はいろいろなことを考えてしまって見過ごしてしまう、そういう日常の些細なこともあると思います。最初の同窓会の場面で、友人役のキム・ジュボクさんが最後まで「降りてきて話をしようよ」と説得します。他の方はほとんど無視しているのに。2回観るとわかりますが、最初、主人公は彼にだけ一瞬ハグしているんです。あれは演出だったのか気になるところです。

――細かいところをよく見ていますね。

細かいと言えばもうひとつ、病院で待っているシーンで、子どもが背中がかゆいのか壁に擦りつけています。自由でいいと思いました。病院のシーンでは、主人公が足を引きずっていて挫いたのかと思ったのですが、その時はわからなくて、最後の方で撃たれた時の古傷だとわかる。時制を遡る構成なので、最初に登場してきた時は誰なのかわからないことも多い。愛人と食事に行った時に再会した男に「人生は美しいか」と聞くのも、その後のシーンで意味がわかる。彼は民主化運動をしていた人物で、その時にその言葉をノートに書いていたんです。

――この作品を貫くテーマですね。

自分たちの理想に向かっていて、仲間がいる時はそう思えたのだと思います。その後はわからないですが。兵役のようなドラスティックに環境が変わることがなかったとしても、共感しやすい作品だと思います。そういえば、イ・チャンドン監督の作品には宗教、キリスト教が出てきますが、ご自身は、クリスチャンなのかそうでないのかは分からない。どちらともとれてしまうところがとても興味深いです。遠藤周作はクリスチャンでありながら、「沈黙」という逆説的な作品を発表している。幕府が信者を弾圧し酷い拷問をし続けるが神はただただ沈黙している。この作品では、キム・ヨジンさん演じる主人公の妻が延々とお祈りをしている。夫は出ていってしまう。子どもは泣く……面白いシーンでした。キム・ヨジンさんは若い頃は若く見えるし、月日を経てその感じを残しつつ大人になったという雰囲気を出すのがすごく良かったです。

――映画の構成通りに撮影したらしいです。つまり、40代から20代へと若返っていく。監督のこだわり、演出の力を強く感じます。

役者にしてみれば、若い頃から撮ってほしいですが、それを考えると主人公も前半は利己的で高圧的に見え、後半はとても気の弱く優しい人に見える、本当に素晴らしい演技でした。ひとつだけ不思議に思ったシーンがあります。(警察官となった)主人公が民主化運動をしている青年を拷問したあと、カラオケがあるバーに行くんですけど、トイレに行った時に「未成年だろ」とその場にいた女の子に言うのですが、捕まえない。もともとの正義感なのか、どういうことだったのでしょう。もう昔の彼ではないけれど、優しいところが残っていて、それでも詰問口調になってしまうということなのでしょうか。

――両方あるんでしょうね。

交差している感じなのでしょうか。捕まえてしまったら完全にそちら側に行ってしまった人だから。そうやって考えさせてくれるのは、とても興味深いです。

――この作品でイ・チャンドンは世界に認められ、多くの映画賞を受賞します。

監督がやりたい何か太いものがある感じがしました。そういうのがあって、本質が初めて伝わるんですよね。映画はよく「ヘソ」が大事だと言うじゃないですか。それがある映画だと思います。

筒井真理子
山梨県出身。早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」で初舞台。第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した「淵に立つ」(16)の演技力が評価され、数々の映画祭で主演女優賞に輝いた。主演作品「よこがお」(19)で芸術選奨映画部門文部科学大臣賞受賞。全国映連賞女優賞受賞。Asian Film FestivalのBest Actress最優秀賞受賞。主な出演作に「クワイエットルームにようこそ」(07)、「アキレスと亀」(08)、「愛がなんだ」(19)、「ひとよ」(19)、「影裏」(20)、「天外者」(20)「夜明けまでバス停で」(22)など。最新主演映画「波紋」が23年5月より全国公開。近年の舞台に「そして僕は途方に暮れる」(18)、「空ばかり見ていた」(19)、COCOON PRODUCTION 2021+大人計画「パ・ラパパンパン」(21)などがある。ドラマ「エルピス-希望、あるいは災い-1」(22)、「大病院占拠」(23)、「ヒヤマケンタロウの妊娠」(23)、「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」(23)「ラストマン-全盲の捜査官-」(23)、に出演。今後も多数公開作品が控えている。書籍「フィルム・メーカーズ ホン・サンス」の責任編集を果たした。A PEOPLE出版の「作家主義 ホン・サンス」、「作家主義 韓国映画」(パク・チャヌクの章)でインタビューが掲載されている。


イ・チャンドン レトロスペクティブ 4K

「ペパーミント・キャンディー」
監督:イ・チャンドン
出演:ソル・ギョング/ムン・ソリ
1999年/130分/韓国・日本合作
原題:Peppermint Candy
配給:JAIHO

8月25日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開


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