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review

イ・チャンドン×筒井真理子
第4回
「シークレット・サンシャイン 4Kレストア」

聞き手 溝樽欣二
構成 濱野奈美子


自分はどこから来て、
どこに行くのか

現在、全国順次開催中の「イ・チャンドン レトロスペクティヴ 4K」。今回上映されるのは、イ・チャンドンが制作の原点と人生を語る新作ドキュメンタリー「イ・チャンドン アイロニーの芸術」と今まで発表した長編映画の計7本。イ・チャンドン全長編監督作品を女優・筒井真理子が語る。6週連続の特別企画、その第4回。

――「シークレット・サンシャイン」はイ・チャンドン監督の作品の中で一番好きな作品だとか。

「ポエトリー アグネスの詩」と同じくらいです。「シークレット・サンシャイン」は胸がもうずっと痛かった。(主人公シネ役の)チョン・ドヨンさんが芝居で胸をこう掴むのを見ると私も本当に胸が痛くなりました。「ポエトリー…」を見たときもそうでした。

――本当に叩きのめされたと思うぐらい痛い。

これは、人間の根源の問い「自分はどこから来て、どこに行くのか」の話だと思います。神に喧嘩を売るわけですから。すごく劇的だなと思ったのは、シネが事件の犯人を許しに行く、でも、犯人はすでに神に許されていたというところです。おそらく皆さんもそうだと思うのですが。どんな映画でも、芝居でも、価値観が変形してしまう瞬間が一番劇的だと思っていますが、それを本当に見事にやってのけてくれました。自分が冷水を浴びたような、神に裏切られたような瞬間でした。宗教団体の人やシネのそばにいる(ジョンチャン役の)ソン・ガンホさんは、犯人が信仰していることを承服できる。みんなが「良かった」なんて言っているところで彼女は倒れてしまう。周りの人たちとの認識の違いが鮮明で、その絶望は他人と分かち合うことができない。

――チョン・ドヨンの、役への入り込み方が凄まじい。

彼女はそれからどんどん悪行を重ねていき、最終的に手首を切ってしまう。その時の映像はとても洗練されていて、りんごを食べている顔だけを写していて手は映さない。カメラが下を向くと血が流れている。そこから彼女は家の外に出て助けを求めるのですが、そこもとても人間らしい。本当に死ぬ気があったのかどうかわからない、その矛盾のようなものが表現されていて素晴らしいです。彼女は身をちぎられるような緊張感で芝居をしていたんだろうと思います。それを陰影の濃い映像で見せられると辛いと思いますが、光が多い、穏やかな映像がすごく合っています。

――シネは密陽に来てすぐにブティックでいきなり「壁紙変えたら」って言うじゃないですか。どうしてそんなことを言うのかちょっとわかりませんでした。

彼女はシングルマザーなこともあって、新しい町で早く自分の居場所を作りたいのだと思います。弟と死んだ夫の浮気のことを話しますし、夫の故郷に引っ越しても彼の両親に会わないというのはある種の歪みみたいなものを抱えているということだと思います。何か防衛的になるようなものがあったのではないですか。

――もっとかわいそうだと思えるキャラクターにしても良かった気がするんですが。

今までの「グリーンフィッシュ」も「ペパーミント・キャンディー」も「オアシス」も、主役は男性で、とても純朴な、根は純粋な人たちです。「ペパーミント…」は後半変わっていきますが。感情移入しにくい女性の主人公というところが逆に世界観として興味深かったです。
最初に観た時にも、淡々とした日常を映しているのに何か事件が起きそうな気配を感じました。それは、シネの息子の塾の先生の大袈裟ではない異様な雰囲気に寄るところが大きいと思います。最初から子どもたちに接する時のあの満面の笑みが怖いし、バスに乗った時の少し不気味な雰囲気、あの雰囲気を出すのがイ・チャンドンの凄さだなと思います。演じたチョ・ヨンジンさんも素晴らしかった。「トガニ 幼き瞳の告発」でも描かれましたが、聖職者のひどい事件は実際に起きていますし、人間はそう単純ではないということなのだと思います。

――ジョンチャンはシネとずっと平行線で最後まで交わっていないですよね。

ソン・ガンホさんのキャラクター作りは難しいと思います。オンの芝居が続き、シネと微妙にズレていながらも、最後はあの人がいないと救われない。とても難しい役です。噛み合わない二人のキャラクター設定もイ・チャンドン監督らしいなと思います。イ・チャンドンらしさといえば、シネの息子を探しに行くところがずっとロングショットで撮られていて、最後に彼女が遺体を見たであろう瞬間にプチっと切れる。それを写さないところがいいですよね。

――ワンカットで長いですよね。車から出てきてからずっと。どうしたらあんな凄いショットをイ・チャンドン監督は撮ることができるのでしょうか?

リハーサルの時間を十分に取られるそうで羨ましいです。日本では台本をいただき、自分なりに解釈し、監督と話し合いをして、2日リハーサルできるかどうか。だから話し合いがすべてみたいなところがあります。中途半端なリハーサルと準備しかできないと、予定調和的になってしまい、結局は「生」の方が勝ってしまいます。だから、自分では中途半端な準備だけは決してしないと常々思っています。

――イ・チャンドン監督は自分の中にあるイメージを表現するために役者を選んでいるのでしょう。チョン・ドヨンは相当追い込まれたみたいですね。それでカンヌ映画祭で主演女優賞を取るわけですし。

そんなに追い込んでくれる監督と充分な時間があって本当に羨ましいです。そういえば、最後に彼女がブティックの前を通った時に、店主が壁紙を変えているじゃないですか、それでお客さんが増えたと。あれであの二人の関係がすごく救われた。陰で悪口を言っていたりして険悪だったのに、ほんの少し気持ちが近寄ることができる、人間関係の面白みが表現されていました。

――監督は、この作品のテーマは「許し」だと語っていました。

なるほど。シネと犯人の娘とのシーンにはとても象徴的に“許し”が描かれていますね。娘さんの演技もとても良かったです。最初の不満げな態度も、殴られているところも。その前にシネの家をのぞいているところも目が潤んでいるだけで状況が分かる、この人の家で何かが起きていると。最後にシネの髪を切るのも彼女でした……シネが彼女に「おまかせするわ」と言うのはすごい展開だと思います。そして話した後に目を瞑る。耐えているようにも見えます。そして結局途中で席を立って出て行く。

――説明的なセリフがない。すべて人の動きだけですよね。

それも大変素晴らしかったです。

筒井真理子
山梨県出身。早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」で初舞台。第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した「淵に立つ」(16)の演技力が評価され、数々の映画祭で主演女優賞に輝いた。主演作品「よこがお」(19)で芸術選奨映画部門文部科学大臣賞受賞。全国映連賞女優賞受賞。Asian Film FestivalのBest Actress最優秀賞受賞。主な出演作に「クワイエットルームにようこそ」(07)、「アキレスと亀」(08)、「愛がなんだ」(19)、「ひとよ」(19)、「影裏」(20)、「天外者」(20)「夜明けまでバス停で」(22)など。最新主演映画「波紋」が23年5月より全国公開。近年の舞台に「そして僕は途方に暮れる」(18)、「空ばかり見ていた」(19)、COCOON PRODUCTION 2021+大人計画「パ・ラパパンパン」(21)などがある。ドラマ「エルピス-希望、あるいは災い-1」(22)、「大病院占拠」(23)、「ヒヤマケンタロウの妊娠」(23)、「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」(23)「ラストマン-全盲の捜査官-」(23)、に出演。今後も多数公開作品が控えている。書籍「フィルム・メーカーズ ホン・サンス」の責任編集を果たした。A PEOPLE出版の「作家主義 ホン・サンス」、「作家主義 韓国映画」(パク・チャヌクの章)でインタビューが掲載されている。


イ・チャンドン レトロスペクティブ 4K

「シークレット・サンシャイン 4Kレストア」
製作・監督・脚本:イ・チャンドン
出演:チョン・ドヨン/ソン・ガンホ
原題:밀양(Secret Sunshine)
配給:JAIHO
2007年/韓国/142分/シネスコ
Ⓒ2007 CINEMA SERVICE CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED

ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中


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