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金水正
台風が近づく夜
「台風、来ないかな」と工藤夕貴が窓の外を見上げながら呟く、その制服の胸元のリボンは微かに風に揺らぎ始めている。
近年海外での再評価が高まっているという相米慎二監督の「台風クラブ」(1985)は、女五人と男三人の、東京近県の中学三年生を描く、いわゆる青春群像劇だ。近づく受験を前に、クラスの皆は、みんな何か変。どこか投げやりな教師(三浦友和)も、クラスを鎮めるどころではない問題を抱えている。そこに台風が近づいて来る。
映画は、夜学校に忍びこみ、プールサイドで水着姿で弾けるように踊りまくる五人の女子から始まる。それをプールの中から覗いていた道化者の明はコースロープで五人に文字どおり吊し上げられ溺れかける。
東大生の兄を持つ三上(三上祐一)は、形而上学的な人生の問題に頭を悩ませている。彼を慕う理恵(工藤友貴)は、三上が高校受験で東京に去った後を不安に感じている。それでも無邪気に三上に戯れつく理恵たちの様子を、一番冷静で優等生で美人の美智子(大西結花)は遠い目で見つめている。
三上と一緒に野球部を引退したばかりの健が好きなのは美智子だ。すれ違う恋心に思い詰めた健は、台風の夜、誰もいなくなった校舎で美智子に乱暴してしまう。同じ夜、演劇部の三人の女子は、不甲斐ない姿を見せた教師の授業をボイコットして部室で戯れている間に同じく校舎に閉じ込められた。その日の朝、寝坊していつもなら一緒に登校する三上に置いてきぼりにされた理恵は、遅刻して登校する道すがら、雲が騒ぎ立つ空を見上げて、東京に家出してしまっていた。そんな理恵を気遣って学校に残っていた三上は、健が美智子を襲う様子を見ていた。かくして四人の女子と二人の男子が、台風が近づく夜の学校に閉じ込められる。
風が徐々に高まり、木々が揺れる。そして雨が降り始め、強さを増していく。不穏な空気が満ち満ちて行く。いつもどこかで風の吹き抜ける金属音が鳴っている。
何に追い詰められているのかも分からないのに、行き場を失って夜の学校に吹き寄せられたような六人は、戯れに演劇部のカセットを鳴らして踊り出し、レゲエのリズムに乗ってストリップショーを始め、次第に服を脱ぎ捨てて下着姿でポーズを決める。
クライマックスは、台風の目だ。突然、風と雨がやみ、校庭に雪崩れるように飛び出す六人。「もしも明日が」を歌って再び踊り出す六人に、また暴風雨が降りかかる。容赦なく吹きすさび、降りそそぐ風雨の中で、下着も脱ぎ払い、歓声を上げて踊り狂う遠景の長回しは、ひたすらにその嵐の中の輪舞を描き出している。
「台風クラブ」には理解に苦しむシーンが二つ存在する。一つは理恵が彷徨う台風下の東京の人気のない商店街で、台車に括り付けられてオカリナを吹く半裸で白塗りの男女の存在。もう一つが物語上のクライマックスである三上の投身の結果、校舎裏の水溜りに「犬神家の一族」の逆さ死体のように三上の体が突き刺さっているシーンだ。Vの字状に突き出した足が微かに揺れていることから、三上は死んでいないのではないかという解釈もあったが、この見るからに滑稽な死に様は、少年たち少女たちの台風の一夜の結末を受け入れ難いものにもしている。
解釈をすれば、こういうことになるだろう。台風が明けて、東京から戻って登校しようとする理恵が明と道で出会い、何も知らない二人は、休校になっている学校に入る。一面水溜りになった校庭の向こうに校舎が見える。「何これ?キレイ。金閣寺みたい」と理恵が呟く。投身した三上は、一夜を過ごした仲間に「俺たちには厳粛に生きるための厳粛な死が与えられていない。だから俺が死んで見せてやる」と告げていた。三上の死は、三島由紀夫の自決を想像させる。しかし、それは滑稽な死にしかならない。オカリナを吹く白塗りの男女や、水溜りに突き刺さった死がどういう意味を持つのか、解釈を続けることは、しかしこの映画を見たことにはつながらないような気がする。なぜ我々は今も「台風クラブ」を見るのか。それは、来るべき台風を受け入れる準備を、我々に促すためだろう。それはむしろ「危機を唱えて/人を導こうとする者らに抗うため」 だ。
映画を見よう。画面に描かれるのは、リボンや髪や樹々や草や看板を揺らす風であり、無慈悲に容赦なくどこにでも降り注ぐ雨である。水は、冒頭のプールのシーンから登場し、ラストシーンの校庭の水溜りまでそここで画面を濡らしている。風は次第に高まり、突然止み、そしてまた吹き荒んで、耳の底に金属音を残し、やがて収まる。水は初めプールのシャワーとして降り注ぎ、雨となって衣服に浸透し、辺りを水浸しにする。
そこには身体もある。踊り狂い、「おかえり、ただいま」と呟き、戸板を蹴り続け、背伸びをし、飛び降りて突き刺さる身体が。なおざりに扱われる衣服も。明の水泳パンツは剥ぎ取られ、美智子のシャツは破かれ、制服は次々に脱ぎすてられる。自転車が音を残してすれ違う。三上が空を見上げる。その空の下に、校舎の窓がある。風が吹き、髪を揺らし、雲が立つ。雲の下で、理恵は呆然とする。くだらない大人にならないために踊り続けること、時に呆然とすること、背伸びをして向こう側を覗き込むこと。大人になることを回避する作法を思い出すことが、いつも必要だ。
~詩誌『GATE』より転載
台風クラブ 4Kレストア版
監督:相米慎二
出演:三上祐一/紅林茂/松永敏行/工藤夕貴/大西結花/三浦友和
(1985年/115分)
(C)ディレクターズ・カンパニー
製作:ディレクターズ・カンパニー
提供:中央映画貿易/ダブル・フィールド
配給:A PEOPLE CINEMA
2023年10月21日(土)よりユーロスペース、11月10日(金)よりアップリンク吉祥寺にてロードショー
作家主義 相米慎二2023 台風クラブ シナリオ完全採録
発売日:2023年9月9日(土)、アマゾンほか一部書店にて発売
*SHIBUYA TSUTAYA(4F・6F)、A PEOPLE SHOPにて8月29日(火)より先行販売
定価:2,200円(税込)
発行:A PEOPLE
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