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工藤夕貴
「台風クラブ 4Kレストア版」

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小林淳一

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星川洋助


相米さんがすごい勢いで飛んできて、
ぎゅうって抱きしめてわたしを振り回すんです。

ユーロスペース、9月23日(土)、「台風クラブ 4Kレストア版」初日。主演の工藤夕貴のトーク・イベントが行われた。

――若い役者さんをしごくことで有名な相米監督ですが、どのようなしごきを受けられましたか?

「いちばん謎だったのが、(主人公の)理恵が「おはよう!」って言って、団地の3階から三上君を追いかけるというシーンですね。ただ、「おはよう!」って言って階段を降りてくるだけだったんですけど、3日かかったんですよ(苦笑)。今と違って35ミリのカメラの時代で、現像するのにお金がかかるから全然カメラが回らないんです。ひたすらリハーサルの繰り返し。相米さんは実は現場にいないんです。榎戸(耕史)さん(助監督)がずっと見てて、そろそろいいなというと、監督がふらーと寅さんのように現れて、また、ふらーと寅さんのように去っていく感じ。「撮らないのか!」って(笑)。なんとか本番に漕ぎつけたくて階段をジャンプしながら降りたらどうだろうと思ってやったら、上の天井に頭をぶつけて血が出てしまいました。3日目には足が上がらなくなってしまって。エレベーターがないんですね。朝から晩までずっとやってました」

――東京の街で雨の中、工藤さんが歌うシーンが印象的です。

「あれがクランクアップのシーンだったんです。「はい」って、相米さんに何も言われず任されて、自分に何ができるか一生懸命考えました。雨がどしゃぶりで、いろんな葛藤があって、走ってくる女の子がどうするのか、と考えました。ここで転んで無様になって、何をやってもうまくいかない自分みたいなものと対峙して、でも誰かに抱きしめてもらいたいけれど、誰にも抱きしめてもらえない、そういう喪失感、心の寂しさだったり、埋められない穴だったりをどう表現するのか。警官の人形に抱き着いて、泣きながら歌を歌って歩いていく、でも乗り越えていくしかないという演出を考えたんです。本番1回でいきたいと思いました。必死に走って転んで。そしたらカメラのNGが出たんです。「えー、もう1回やらないといけないの?」という気持ちになって、転んだ時の傷からは血が出るし、わんわん泣いてたら、相米さんがすごい勢いで飛んできて、ぎゅうって抱きしめてわたしを振り回すんです。「泣くな、泣くな」って。そのときはじめて相米さんは、本当はとっても優しい人なんじゃないかと思ったんです」

――今年の相米監督の命日(9月9日)はいかが過ごされましたか。

ちょっとした不思議な縁で、演歌を歌うことになりました。そのレコーディングの日が9月9日だったんです。わたしのラッキーナンバーが9で、相米さんとの縁を感じますね。わたしは“縁(えにし)の歌”で“縁歌”と言ってるんですけど、やはり相米さんがレコーディングを見て、聴いてくれていたのかなと思いました。「台風クラブ」から“演歌歌手”というのが全く繋がっていなくて、わたしらしいと思うんですけど。「台風クラブ」の理恵は東京に来て演歌歌手になっていたということですね(笑)。

――2001年に亡くなり、今年で23回忌を迎えました。

「自分にとっての映画の父。相米さんがいなかったら今の自分はいないし、演技の基盤は成立していないと思う。相米さんが育ててくれたから今の自分がある。もう一度、相米さんと一緒に本当に仕事がしたかったですね」

――満員の方が「台風クラブ」を見て下さりました。

(観るのが)2回目以上の方はいちばん最初に見られたときは若かったんじゃないかと思いますが、わたしもいろいろなことがあって、この歳まで女優の仕事をしながら、農業もやり、演歌も歌いながら、いろんなことをやっています。映画の凄いところは人の人生や価値観を変える力があったり、あらゆる人生の観方みたいなものを払拭してくれる魔法のようなものをもっている気がするんです。35ミリの時代に生きていて凄くよかった。デジタルで100回でも200回でも回せる時代と、一生懸命練習してたった1回か2回の本番にかける世界というのは、また、役者としての想いに違うものがあった気がするんです。だから、そんな時代に生きて、相米さんに出会って、みなさんにこうして会える。昔観た人も、はじめて見る人もここにいらして、「台風クラブ」に息を吹き込んでくださって感謝します。相米さんもメガネの下の小さい眼を細めながら、にやっとしていると思います」

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工藤夕貴
1971年、東京生まれ。映画「逆噴射家族」(84)にて横浜映画祭最優秀新人賞受賞。「戦争と青春」(91)では日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。ほか出演の海外映画にミステリー・トレイン」(89)、「ヒマラヤ杉に降る雪」(99)に主演。「SAYURI」(05)などに出演した。2021年のドラマ「山女日記3」、2023年のドラマ「ケーキを切れない非行少年たち」などに出演。


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「台風クラブ」

台風クラブ 4Kレストア版
監督:相米慎二
出演:三上祐一/紅林茂/松永敏行/工藤夕貴/大西結花/三浦友和
(1985年/115分)
(C)ディレクターズ・カンパニー
製作:ディレクターズ・カンパニー
提供:中央映画貿易/ダブル・フィールド
配給:A PEOPLE CINEMA

2023年9月23日(土)よりユーロスペース他にて全国順次ロードショー
ユーロスペースにて、10月11日(水)は黒沢清(映画監督)のトークイベントがあり
https://www.apeople.world/taifuclub/#event

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作家主義 相米慎二2023 台風クラブ シナリオ完全採録
発売日:2023年9月9日(土)、アマゾンほか一部書店にて発売
*SHIBUYA TSUTAYA(4F・6F)、A PEOPLE SHOPにて8月29日(火)より先行販売
定価:2,200円(税込)
発行:A PEOPLE
A PEOPLE SHOP
*巻頭に工藤夕貴ロング・インタビューを掲載


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