「第19回東京フィルメックス」。A PEOPLE(エーピープル)では、連日上映される作品を鑑賞、できるだけ早くレビューしていく。今回はコンペティション作品「自由行」(台湾、香港、シンガポール、マレーシア)。
中国当局と衝突し、香港での生活を余儀なくされている女性映画監督が、台湾へのツアー旅行に参加した母親と現地で数年ぶりに再会、束の間の交流を持つという物語。
香港に移住した上海出身のイン・リャン監督自身の経験と心境を、女性キャラクターに置き換えて世に訴えた作品。それだけといえばそれだけなのだが、一貫した製作姿勢がそのまま作品の力になっているのも事実である。
主人公の女性監督ヤン・シューを演じるナイ・アンは劇中、ずっと苛立ちを隠さず、物憂げな表情を崩さない。その心の内は映画祭参加時の取材場面、夫や母との会話にもこぼれるが、折々に挟まれる「日記」と称される詩的なモノローグによって、より直接的に苦悶と葛藤が打ち出される。画面上には、その言葉どおりの文章まで表示されるという徹底ぶり。寓話的な暗喩もなければ横糸をつむぐようなサイドストーリーもない。自由な創作活動が制限される母国への恨み辛み、それにより家族が引き裂かれる理不尽に共感できれば、新鮮な感動へ真っ直ぐにつながるだろう。
のるか、そるか。ありふれた「思想弾圧への声明文」ではないかと片付けてしまう向きには、恐らく母子の交流描写が物語上、最大の関心事になる。体調の優れない母親に、娘は香港への移住をほのめかす。しかし、母は身を隠す逃亡生活は嫌。夫の墓を捨てられない。故郷の四川省に背を向けられない。「最悪、絶縁すれば済むこと。お互いに会えないだけ」とまで言い放つ。PC越しの会話しか果たせない母子の境遇には目も当てられないが、母親の諦めの言葉はそれ以上に重い。
映像的に凝った仕掛けもない。構成的にも同様のエピソードの反復といえなくもない。語り口も概ね穏やか。大きな事件も流血も過剰な感情の爆発も描かない。母親の体調不良となる場面がせいぜいの波といえば波、か。淡泊ですらあろう。つまらないと感じる向きには全く響くまい。それゆえに、これほど誠実な作品もないのではないか、との思いもよぎる。監督自身の妻がバスガイド役で出演し、ついには「この映画を私たちの子どもに捧げる」との献辞まで出た。安直な見せ場など寄せ付けない極私的な潔癖、とでもいおうか。
政治のもとの個人という問題意識に薄く、いつの間にか濃い口の娯楽性に汚れてしまっているかもしれない観客には、打ってつけの真摯なカンフル剤であり、自身を占う試験紙になっているのではなかろうか。
Written by:賀来タクト
「自由行」(台湾、香港、シンガポール、マレーシア)
A Family Tour
監督:イン・リャン
A PEOPLE 第19回東京フィルメックス 速攻レビュー
<特別招待作品>
「川沿いのホテル」
「あなたの顔」
「草の葉」
「アッシュ・イズ・ピュアレスト・ホワイト(原題)」
<コンペティション>
「夜明け」
「象は静かに座っている」
「幻土(げんど)」
「幸福城市」
「轢き殺された羊」
「マンタレイ」
「シベル」
「自由行」
「ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト(仮題)」
「アイカ(原題)」
昨年の東京フィルメックスで上映
「台北暮色」11月24日よりロードショー