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12色のホン・サンス

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佐藤結


ホン・サンスを、まとめて観る

5月14日よりホン・サンスの旧作12本が上映される「12色のホン・サンス」が開催。6月11日からは最新作「逃げた女」、6月12日からは「作家主義 ホン・サンス」で初期の2本「カンウォンドのチカラ」「オー!スジョン」が公開される。このタイミングで、ホン・サンスについて考えてみた――。

ある時期までホン・サンス監督の映画を「酒を飲んで他愛もない会話を繰り返し、やたらに相手を口説く、自由奔放で、ちょっと愚かな人間たちの姿をあけすけに描く」という面にばかり注目して見ていた。

筋らしい筋もない映画の中で、同じようなセリフと行動を(微妙な違いを随所に挟みつつ)何度も繰り返す人々を笑いながら見ている時間はなんだかとても気持ちがよくて、終わると晴れ晴れとした気分になった。

ただ、ほぼ毎年のように作られる新作を見て「ああ、ホン・サンスだなあ」と喜びを噛み締めてはいたものの、彼の映画のどこがそんなに“ホン・サンスらしい”のかを考えることは、あまりなかった。

今回、彼の初期作品の公開を前に、いくつかの作品を見直す機会があり、改めて彼の映画と向き合ってみた。

ホン・サンスの映画を初めて見たのは長篇第2作である「カンウォンドのチカラ」(98)だった。

前半と後半に分かれたこの作品では、韓国の首都ソウルに住む人たちの身近な旅行先である江原道(カンウォンド)に友人たちと出かけた女性の大学生が、現地で出会った警察官と親しくなり、後日、1人で彼の元を訪ねる。

一方、後半の主人公である大学講師も、彼女とまったく同じ時期に同じ場所を訪れる。さらに映画が進むにつれて、2人が少し前まで恋人同士であったことがわかってくる。

この映画を初めて見た当時の私は、登場人物たちが出会ってドラマが起こり、やがて結末を迎えるという、ごく“普通の”ストーリーテリングに慣れていたため、2人の人物が(わざわざ同じ場所にいるにもかかわらず!)ほとんど接点を持つことがないという展開にひどく驚いた記憶がある。

しかし、見返してみると、ホン・サンス監督がこの映画で試みているのは、(ストーリーなどでは毛頭なく)同じ場所で同じようなことをしているように見えて微妙に違う人間たちの姿を見せること自体であったということに気づく。

まるで、「ひとりひとり違うといっても、人間ができることにそれほどの違いはない」と言っているかのように。

「カンウォンドのチカラ」が原点とも言える「反復と模倣」というモチーフは、少しずつやり方を変えながら、その後の作品の中に何度も登場する。

たとえば、第3作の「オー!スジョン」(00)では、スジョンという名の女性の過ごす日々が、彼女に好意を持つ男性からの視点と彼女自身の視点から、別々に回想されていく。「記憶というものが、状況によって、あるいは、その人の欲望によっていかに変質するかを見せたかった」というホン・サンスは、2人以外の人物の視点も織り交ぜながら、“同じようで違う”出来事を繰り返す。

初期の2作で見られた「同じ場所で過ごす別の時間」や「複数の話者による出来事の回想」という手法は、同じ街を旅行で訪れた友人同士がその思い出を交互に語りながら進む「ハハハ」(10)につながる。

また、「同じ俳優が別の人物を演じる」という設定は、フランスの名優イザベル・ユペールを迎えた「3人のアンヌ」(12)や、同じ顔であるのに別人だと言い張る女性が登場する「あなた自身とあなたのこと」(16)とも重なる。

また、「正しい日 間違えた日」(15)では、二人の人物が同じ場所で過ごす違った時間が描かれる。

変奏曲のように続く「反復と模倣」によって見せられる男や女たちの生々しい姿は、「人間は、いったいどんな姿で生きているのだろうか?」という、ホン・サンスからの問いかけでもあった。

そんな彼のスタイルに大きな変化が現れたのは、17年の「夜の浜辺でひとり」からだ。妻帯者の恋人を別れた女性が過ごす日々を見つめたこの映画には「反復と模倣」がほとんどなく、彼女の過ごす時間に沿って映画が進んでいく。

その後に作られた「クレアのカメラ」(17)や「それから」(17)と共に、彼独特の乾いたユーモアよりも、生真面目さや潔さが目立つようにもなった。

ホン・サンスは“ホン・サンスらしさ”という衣をさらりと脱ぎ捨て、よりのびやかで美しい映画を作り続けている。

なんてことを書いていると、彼の作品の中で最も秀逸なタイトルを持つ映画の登場人物と同じように「よく知りもしないくせに」(09)と言われてしまいそうだけれど。

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「3人のアンヌ」

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「クレアのカメラ」

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「ソニはご機嫌ななめ」

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「それから」

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「ハハハ」

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「ヘウォンの恋愛日記」

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「よく知りもしないくせに」

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「教授とわたし、そして映画」

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「次の朝は他人」

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「自由が丘で」

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「正しい日 間違えた日」

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「夜の浜辺でひとり」


12色のホン・サンス
よく知りもしないくせに 2009年/126分
ハハハ 2010年/116分
教授とわたし、そして映画 2010年/80分
次の朝は他人 2011年/79分
3人のアンヌ 2012 年/89 分
へウォンの恋愛日記 2013年/90分
ソニはご機嫌ななめ 2013年/88分
自由が丘で 2014年/67分
正しい日 間違えた日 2015年/121分
夜の浜辺でひとり 2017年/101分
クレアのカメラ 2017年/69分
それから 2017年/91分


逃げた女
「作家主義 ホン・サンス」公式サイト


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