photo:星川洋助
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相田冬二
大きな転換点。
都会の物語ではなく、田舎や地方の町を舞台にした作品が、今回は多い
第22回東京フィルメックスが開催される。
A PEOPLEは、2018年からフィルメックスを追いかけ続けている。フィルメックス上映作品「ジョニーは行方不明」(映画祭タイトル)は、A PEOPLE配給作品「台湾暮色」(日本劇場公開タイトル)として全国でロードショーされた。
フィルメックスと言えば、市山尚三プログラム・ディレクターが、映画祭の顔ともいうべき存在だったが、今年から東京国際映画祭プログラミング・ディレクターとして着任。
市山の許、2000年の第1回フィルメックスから携わってきた神谷直希が、新プログラム・ディレクターとして、この映画祭をコーディネートする。
独自の選択眼で、東京の、いや、日本の映画シーンをリードしてきたフィルメックス。コロナ禍で依然、世界が大きく揺れている状況下、神谷プログラム・ディレクターに、その狙いを訊いた。
「もちろん、大きな転換点だと思いますが、ずっとフィルメックスの作品選考に関わってきているので、何をどうするか、染み付いている部分があります。自分にできることを、まず、やっていこうと思っています」
神谷ディレクターの語り口は、謙虚で実直だ。
「東京国際映画祭の<アジアの未来>セクションは、基本的にはプレミアステイタスを重視しています。つまり、ワールドプレミアを東京で、という方向で進めています。フィルメックスはこの点にまったくこだわらないで、とにかく、いい映画、面白い映画を上映する。これまでずっと続けてきたこと。これまで通りやっていれば、東京国際と重ならないし、共存できると思っています。むしろ、相乗効果になり、東京のお客様にも、両方の映画祭を楽しんでいただけるのでは、と」
「自ずと棲み分けはできる」と市山は神谷に伝えたという。
東京フィルメックスは、信頼できる【セレクトショップ】だ。その審美眼は、もはや伝統と呼べるかもしれない。
東京国際映画祭という【ラグジュアリーブランド】が、新しい【デザイナー】を招き、生まれ直しを計る一方、フィルメックスは【二代目】が伝統を継承しようとしている。そんなふうに映る。映画の観客にとっては、双方の共存は、立体的な映画環境を生むだろう。
「セレクト基準に関しては、言葉にするのは難しいですね。こちらの価値観を揺さぶってくるような……普通によく出来ている映画よりは、どこか何かひっかかるところ、ユニークな点があるもの。それが、フィルメックスの『映画を見る視点』。これまで通りのことをやっているとしか言いようがありません。この点に関しては、あえて違うことをするつもりはないんです」
おそらく、同じ伝統を継承しているからこそ、【違い】も生まれるのではないか。映画も、映画環境も、刻一刻と変化する。その只中で、2021年の神谷が選び、見出したことがきっとあるはずだ。
「選んでいる時点で意識していたわけではありませんが、選考が終わってから振り返ると、都会の物語ではなく、田舎や地方の町を舞台にした作品が、今回は多いと思います。なぜかはわかりません。たとえば、国の首都が舞台になっているのは、1、2割程度。あとはロードムービーや、都会から田舎に移動する話も多いですね。個人的には、都会を舞台にした映画も好きなので、これは純粋に作品のクオリティで選んでいったらこうなったということ」
「あくまでも偶然だとは思いますが」と前置きした上で、神谷は慎重に語る。
「これが、コロナウイルスと関係しているのか、していないのか。ただ、社会問題が地方で表出している傾向があるのかもしれません。それは少し感じました」
アフターコロナで、【ホーム】の概念は間違いなく変容した。これは全世界的なことだ。
だとすれば、都市と地方の関係が変化したとしてもおかしくはない。映画が社会を描き出すメディアでもあることに留意するなら、これは興味深いトピックだ。
「特別招待作品の『瀑布』や、7人の監督によるオムニバス『永遠に続く嵐の年』は、まさにパンデミックがテーマ。<メイド・イン・ジャパン>セクションの日本映画『春原さんのうた』もマスクが、そのことを意識させます。ただ、『永遠に続く嵐の年』に参加しているアピチャッポン・ウィーラセクタン監督はあるインタビューで、こんなことを言ってるんですよね。“いま、いろいろ大変な状況だけど、みんな、すぐに忘れるよね”って(笑)。これはすごいですよね。コロナを境に、変わる映画もあれば、変わらない映画もある。きっと、両方あるのだと思います。ちなみに、『永遠』でのアピチャッポンの作品は、彼が継続して創り続けているアートインスタレーションに近いものです」
アピチャッポンの言葉は力強い。
では、コンペティションの10本を紹介してもらおう。
まず、ジョージアのアレクサンドレ・コベリゼ監督の「見上げた空に何が見える?」。
「基本は、ある男女のすれ違いの物語ですが、サッカーのW杯が開催されていたり、映画の撮影クルーが来たり、エピソードが積み重なっていきます。だんだん、街そのものが主役になる、ちょっとしたシンフォニーのような映画です。すごくマジカルで遊び心のある、今年を代表する一本です」
次はイスラエルのエラン・コリリン監督の「朝が来ますように」。
「これが4作目。前作『山のかなたに』もフィルメックスで上映。第1作『迷子の警察音楽隊』は東京国際映画祭グランプリに輝きましたが、その頃の作風からは少し変化しています。エルサレムのエリート社員が帰郷。ところがイスラエル兵が村を閉鎖し、閉じ込められる。彼は家族や友人と向き合わざるを得なくなる。これもかなり面白いです」
そして、「永遠に続く嵐の年」にも参加しているイランのジャファール・パナヒ監督の息子、パナー・パナヒ監督のデビュー作「砂利道」。
「4人家族の旅を描くロードムービー。何もわからない下の子以外の3人は、それぞれ心に抱えているものがあり、それがだんだん見えてきます。ジャファールとの共通点も感じますが、それ以上にアッバス・キアロスタミ監督の影響を感じます。パナーは幼い頃、父親を通じて、キアロスタミの撮影現場に出入りしていたそうです。車のシーンの撮り方などが近いんです」
インドのP.S.ヴィノートラージ監督の「小石」は、ロッテルダム映画祭でタイガー・アワードに輝いている。
「これもロードムービー。父と息子が広大な大地を歩いていく。目的は父にとっての妻、息子にとっての母を連れ戻すこと。シンプルですが、ユニークなカメラで大地を捉え、道中、様々な人々の姿を活写していく。社会のあり方や女性の置かれている立場など、シンプルなものから大きなものが見えてくる。今後も期待できる監督だと思います」
視点の拡張は、「小石」にも「朝が来ますように」にも「見上げた空に何が見える?」にも通ずるもの。そして、どの作品も「砂利道」「小石」同様、大きな意味でのロードムービーと呼ぶことができるかもしれない。確かに、そこにはある傾向が見て取れる。
次の3作は、それぞれ前作がプレ・オンライン配信で観ることができる監督のもの。
「『消失点』のジャッカワーン・ニンタムロン監督(タイ)の第2作『時の解剖学』は、今回も映像でグイグイ押してきます。撮影監督は、フィルメックスでも上映した『マンタレイ』の監督で、圧倒的。解釈が難しく、言葉にすることは困難ですが、何よりも映像の力で見せてくれます。
カンボジアの二アン・カヴィッチ監督の「ホワイト・ビルディング」は、ドキュメンタリー「昨夜、あなたが微笑んでいた」の舞台となった集合住宅を描く劇映画です。企画はこちらが先行していたそうで、劇映画とドキュメンタリーを見較べると興味深いと思います。
第18回フィルメックス最優秀作品賞「見えるもの、見えざるもの」のカミラ・アンディニ監督(インドネシア)の「ユニ」は、前作の虚実入り混じった美しい幻想譚から一変、自然主義的にナチュラルに10代女性を捉えています。ただ、描いていることはかなりナイーヴ。性などデリケートなことです」
中国のウェイ・シュージュン監督の「永安鎮の物語集」は3話構成。ここにも映画の撮影隊が登場する。
「撮影クルーが、ある地方の田舎町にやって来るところから始まります。宿場の食堂を切り盛りする女性の物語。故郷の町に大スターとして帰還した女優の物語。最後は、監督と脚本家が延々論議しあう。事故のように生まれた作品とのことです」
同じく中国のクィーナ・リー監督の「ただの偶然の旅」もかなりユニークだ。
「ある女性がロブスターを故郷に帰すために旅をするロードムービー。かなりぶっ飛んだ内容で、好き嫌いは分かれると思います。プロットが薄いので、観ていて置いていかれる人もいるかもしれません。様々なエピソードが脈絡なく展開されるのですが、その中で主人公が次第に気付きを得ていく、そういう異色作です」
日本からはフィルメックスでもお馴染みの奥田庸介監督の「青春墓場」が。
「前半と後半が分割された構成ですが、最終的にはつながります。映画的に見応えがありますね」
最後に、これまでも、これからも変わらない映画祭の意義について話してもらった。
「映画祭は、中立的な『目』で映画を観ることができると思います。映画そのものの価値を『見る』場は、映画が文化として成り立つためには必要だと考えます。この最も大きな映画祭の役割は、全世界共通です」
神谷直希
1976年生まれ。大学院在学中の2000年に第1回東京フィルメックスに関わり、第2回目以降は作品・プログラム担当のスタッフとして上映作品の選定やゲストの招聘業務に携わる。2019年10月にいったん同映画祭を離れ、株式会社木下グループにてキノフィルムズやキノシネマの洋画配給作品のマーケティング業務や買付け業務に携わるが、2021年5月にプログラム・ディレクターとして東京フィルメックスに復帰する。 また、これまでに「ドラキュラ 乙女の日記より」(ガイ・マディン監督)、「デルタ」(コーネル・ムンドルッツォ監督)、「メコン・ホテル」(アピチャッポン・ウィーラセタクン監督)、「山〈モンテ〉」(アミール・ナデリ監督)、「見えるもの、見えざるもの」(カミラ・アンディニ監督)、「あなたの顔」(ツァイ・ミンリャン監督)、「死ぬ間際」(ヒラル・バイダロフ監督)等、20作品以上の映画祭上映作品の日本語字幕翻訳を手掛けている他、共著書に「この映画を見れば世界がわかる」(言視舎刊)がある。
第22回東京フィルメックス
10月30日(土)~11月8日(月)
有楽町朝日ホール/ヒューマントラストシネマ有楽町/オンライン