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相田冬二
コロナ禍の映画祭、コロナ後の映画
──10月30日より開催される第21回東京フィルメックス、ずばり、今年の傾向は?
昨年に続き、A PEOPLEでは、プログラム・ディレクター、市山尚三さんのロングインタビューをお届けする。
「ひと言で言うのは難しいところですが、いろいろな社会問題にコミットしている映画が結果的に選ばれています。
決して意図的ではありませんが、特にコンペの作品に関しては、個人の物語を描いていても、社会的な背景が見える。
そもそも映画というものは、そういうものであって、そのときどきの社会情勢を反映している。
力強い映画を選んでいくと、社会問題にコミットした作品になる、というところはあると思います。
最も極端にそれが表れているのが、フィリピンの『アスワン』でしょうか。
ドゥテルテ政権下での麻薬戦争を追いかけたドキュメンタリーは、まさに<いま>ですよね。
特別招待作品の『デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング』はアメリカ映画ですが、香港の「いま」を記録しています。
同性愛者であることをカミングアウトした香港の先駆者でもあるデニス・ホーは、雨傘運動の象徴でもある。
雨傘運動では逮捕もされたりしていて、終盤の香港コロシアムでのコンサート場面は大きな見せ場です。
香港はいま、どんどん悪い方向に向かっていると思いますが、その意味でも、今年観るべき作品。
コロナも含めて、2020年は激動の一年。
だからこそ、上映したいと思いました」
──今年の大きなトピックは、東京国際映画祭との同時期開催ですね。
「数年前、新聞記者座談会が行われ、そこで、フィルメックスを東京国際映画祭と同時に開催するか否かで大激論になりました。
そのとき司会をしていた僕はこう言いました。
『それぞれの映画祭の向いている方向が違うなら一緒にやるべきではないが、もし、同じ方向を向いているなら、フィルメックスとしては、ありえない話ではない』
昨年、ヴェネチア映画祭で、2019年度から東京国際映画祭チェアマンに就任した安藤裕康さんと食事をする機会がありました。
安藤さんも、東京国際映画祭を変えていきたいと考えていて、同時期開催の可能性を模索していました。
是枝裕和監督の意見なども聴きながら、東京国際映画祭を、国際的に意味のあるものにするにはどうしたらいいかを考えていらした。
その後、ベルリン映画祭でもお会いして、具体的に進めていきました。
今回の同時開催を、コロナ以後だから、と解釈している方もいるようですが、そうではありません。
コロナ以前から、時間をかけて話し合って、今年実現したのです」
──両映画祭の<交差点>を特に感じるのが、東京国際映画祭の「アジア交流ラウンジ」ですね。
日本の監督と、アジアの監督が語り合い、その模様がオンラインで開示されるこの企画は、ほんとうにワクワクします。
「今回、同時期開催する上で、最も有意義だと感じたのが、映画人同士の交流の場が広がることでした。
映画祭は、映画を上映するだけでなく、人と人とが交流する場であるべきです。
フィルメックスを始めた当初は、東京国際映画祭とは開催時期をずらしていました。
別の時期に行うことで、インディペンデント映画がクローズアップされるだろうと考えていたんです。
逆に言えば、埋没しないようにしていました。
あれから、フィルメックスも回を重ね、昨年、20回目を迎えました。
当時は新聞か、少数の映画雑誌しか媒体はありませんでしたが、いまではSNSもあるし、ネットメディアからも様々な広がりがあります。
埋没することがなかったから、20回も続けられたとも言えます。
もはや、20年前とは状況が違います。
それであれば、交流のメリットを追求したほうがいいと、考えました。
残念ながら、ゲストが来日できない今年はリアルな交流の場はないのですが……」
──ネットでの開催とはいえ、驚くべき顔合わせの連続です。
「はちどり」のキム・ボラ監督と橋本愛、「台北暮色」のホアン・シー監督と是枝裕和監督、アピチャッポン・ウィーラセクタンと富田克也監督&相澤虎之助、ジャ・ジャンクー監督と黒沢清監督、リティ・パン監督と吉田喜重監督。
フィルメックスと縁のある監督も多いですね!
「この企画は決して、共同開催ではないのですが、すごくいいと感じます。
フィルメックスでも上映した『台北暮色』(映画祭タイトル『ジョニーは行方不明』)のホアン・シーは、是枝さんの希望です。
著名監督同士もいいけれど、これからの監督をここで紹介したいという人選なのではないでしょうか」
──空族のふたりと、アピチャッポンの邂逅も胸が高鳴ります。
「本人同士は、きっとどこかでもう会っていると思いますよ。
富田さんはかなり影響を受けているでしょうね。
実際、『バンコクナイツ』には、アピチャッポンのかなり直接的な影響が見てとれますから」
──コロナ状況下での映画祭について、何を思いますか。
「劇場の席数が約半数になるわけですから、観客動員は明らかに減ります。
ということは、観られない人も出てくるし、また地方の方が東京に出てきにくいという状況もある。
Twitterでも要望があった、期間限定配信上映を、劇場でのフィルメックス終了後に行います。
全作品というわけにはいきませんが、特にヨーロッパのセールスエージェントが協力的で、リモートでの作品上映が可能になりました。
リモートという選択肢が、映画祭に生まれたのはとても良いこと。
たとえば、もし去年、これをやろうとしたら、反対する会社はかなり多かったと思います。
今年は、すでに海外の映画祭でリモート上映が行われており、心配されていたセキュリティの問題もクリアされ、海賊版などの流出もありません。
選択肢が増えたことは歓迎したいと思っています。
ただ、映画祭は基本的にリアルで開催するもの。
来年から全部リモートになる、ということもないでしょう。
今年は上映後のQ&Aもリモートでおこないますが、来年も来日ゲストがない、ということは考えにくい。
つまり、映画祭の意味が大きく変わってしまうことはありません。
リモートという選択肢が加わったことで、映画祭開催のハードルが低くなった、と捉えたいと思います。
実は、昨年のフィルメックス理事会で、地方の映画ファンのために、リモート上映はできないか、という案も出ていたんです。
この点は今後も柔軟に対応していきたいし、世界の映画祭は今後もリモートを有機的に活用していくだろうなと期待しています」
──そうですね、フィルメックスと東京国際映画祭が協力しあうように、これからはリアルとオンラインが手と手を合わせていけば、映画祭はより進化し、深化もするのだと考えます。
ところで、コロナは映画の作り手のイマジネーションに何か影響を与えると思いますか。
「与える可能性はありますね。
コロナに関係なく、これまで通りの映画はこれからも作られていくでしょう。
ただ、コロナ体験で考え方が変わって、違う企画が生まれること充分考えられます。
これから、出てくるでしょうね。
人と人とが会うことが敬遠される時代になるのか、ならないのか。
そこも含めて、映画に対する見つめ方が変わる可能性はあります。
ただ、映画の作り方、撮るという行為に変わりはないでしょう。
たとえば、密な映像を見たときに、観客がびっくりする、ということは今後ありえます。
ジャ・ジャンクーがテサロニキ映画祭からの依頼で、コロナが蔓延している時期に、短編映画を撮りました。
監督が事務所にいると、建築家の知人が訪れる。
ふたりで、消毒行為などをしているのですが、最終的には『山河ノスタルジア』の冒頭場面を、一緒に観る。
あの映画のファーストシーンは、旧正月の情景。
そこでは、日本の初詣とは比べものにならないくらい、ものすごく密に人々が接している。
これはもう、コロナの時代には撮れない映像。
今後、正月にみんなで集まることができるのか?
数年前と同じことが、これからの私たちには可能か?
そんなことを考えさせられました。
かつてに戻るのか? そうではないのか?
映画の監督たちも、私たち観客も、これから、そのことに向き合っていくのだと思います」
──それは、新しい想像力を駆使することかもしれませんね。
フィルメックスのメインキャッチコピー「映画の未来へ」が、より深く響きます。
ありがとうございました、映画祭の大成功を祈っております。
第21回東京フィルメックス
10月30日(金)~11月7日(土)、11月22日(日)
TOHOシネマズ シャンテ/ヒューマントラストシネマ有楽町/有楽町朝日ホール
第33回東京国際映画祭(2020)
アジア交流ラウンジ