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夏目深雪
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藤田政明
今年の中国映画は数が多いうえに面白いものが多く、
普通に選んでいたら何本になってしまうんだろうという感じでした
2021年、17年ぶりに東京国際映画祭(以下TIFF)と東京フィルメックスの間でディレクターの交代があった。フィルメックスの創始者で21年間プログラミング・ディレクターを務めた市山尚三氏がTIFFの新プログラミング・ディレクターとなり、フィルメックスのプログラミング・ディレクターには市山氏の下で映画祭を18年間支えてきた神谷直希氏が就任した。一昨年はTIFFに就任したばかりの市山氏、昨年はTIFFのアジア部門を2007年から担当してきた石坂健治シニア・プログラマーに今までの経緯や今後の展望などをお伺いした。今年はアジアの映画祭の新星といっていい神谷氏にお話をお伺いする。
――石坂さんが、よくアジア映画のディレクターは自分と市山尚三さんと、大阪アジアン映画祭の暉峻創三さんと、3人同世代でずっとやって来ているけど、下の世代が育っていないので交代できない、早く引き継ぎたいのにと話していました。本当かどうか分かりませんが(笑)。神谷さんは76年生まれとまさに新世代、今年で市山さんからフィルメックスを引き継いで3年目になるわけですが、いかがですか。
「トップになった最初の2年に関しては、事務局長的な立場の人間がいたんですが、彼が今年の3月に辞めたんですね。今まではハード面は彼がやってくれて、自分はソフト面を担当していたんですが、3月以降は両方見なければいけなくなり、かなり変わりました」
――重圧が増した感じですか?
「そうですね。財政的なこともダイレクトに自分のところに来るようになって、しかも去年に引き続いて、開催できるかどうかも分からないような状態だったので。今年も、正式に開催が決定したのは7月です」
――えっ!? つい最近じゃないですか。
「もちろん7月に急にやるといってもできないので、水面下では準備していましたが。招待はしないで、作品を観るだけ観たりしていました」
――それは助成金の問題ですか?
「そうですね。助成金も含めた、資金繰りの関係です」
――そのわりには今年は作品数も多く、内容も充実しているように見受けられますが……。昨年も監督は押さえていたと思いますが、やはり特別招待作品が4本しかなかったのが印象に残っています。
「昨年は朝日ホールしか借りられなかったのが大きいです。朝日ホールって結構高いんですよ。それなのに、無理にフル(9日間)でやろうとしたので、会場代で資金が尽きてしまったんです。今年は春に文化庁の助成金が決まって、それが最低5日間やりましょうということだったので、8日間仮押さえしていた朝日ホールをひとまず5日間にしたんですね。7月にアーツカウンシル東京の助成金が決まり、開催できることになったので、東京テアトルに相談して、ヒューマントラストシネマ有楽町を借りることができた。昨年は朝日ホールしか借りられなかったのでレイトショーができなくて、不満の声もあったので、レイトショーをやりたかったというのもありますし。もともとプレイベントは4月に開催しようとしていたんですが、資金繰りの関係でできなくて、プレイベントとしてヒューマントラストシネマ渋谷で開催することになった。結果的にフルサイズのフィルメックスに近い形になって、しかもプレイベントもあってと、例年より豪華になったんですね」
――予算自体は去年より多いんですよね?
「いや、かかってないです。やっぱり朝日ホールを5日間しか借りてないのが結構大きいんですよね。ただ、その分難点もあって、開会式が水曜の夜と平日になってしまっています」
――かかってないんですか。それも驚きですね。1年目は会期がTIFFと丸かぶりだったのであまり作品が観れなくて。昨年は日程的には半分くらいかぶってたんですよね。作品があまり多くないのもあり、そこそこは観れたんですが、今年ついに全く離れましたね。これはどういった理由で?
「それに関しては、今年はTIFFと同じ日程で朝日ホールが取れなかったという単純な理由です」
――来年以降はどうなりますか。やはり観客としては、落ち着いて観れるので離れていた方がいいですが。同時期にやると、映画人同士で交流ができたり、一緒に何かイベントができたりという利点もあるとのことですが。
「そうですね、難しいところです。来年以降についてはまだ決まっていません。今年の様子を見てまた考えようかなと思っています。フィルメックスはNPOの組織なので、理事会や総会があり、僕の一存で決められるというわけでもないんですが」
――市山さんは理事長ということで、やはり決定権は持っていらっしゃるんですか。
「市山は組織のトップということではあるんですが、NPOとしての事業の基本計画や予算については、理事会において、理事総数の過半数以上の議決を取るという形で進めています」
――作品の話に入りますが、今年はアマンダ・ネル・ユー監督の「タイガー・ストライプス」が目玉でしょうか。2018年の「タレンツ・トーキョー・アワード」を受賞した作品で、カンヌの批評家週間でグランプリを受賞しました。マレーシアの女性監督ですね。こういうパターンが、一番嬉しいのでは?
「そうですね。もう一本、同じパターンの作品があって。モンゴルのゾルジャルガル・プレブダシ監督が、2017年の「タレンツ・トーキョー・アワード」で受賞した『冬眠さえできれば』という作品も、カンヌの「ある視点」部門で上映されて、フィルメックスに戻ってきてくれました。こちらも女性監督です」
――「タイガー・ストライプス」は台北映画祭で観ているんですが、ちょっと期待が大き過ぎたというか、もっと怖い映画を想像していたんですが。ただ私も初めて台湾に行ったんですが、台湾のお客さんの反応が面白くて。森井勇佑監督の「こちらあみ子」も上映されたんですが、日本の観客は絶対笑わなさそうなところで観客が笑うんですよね。「タイガー・ストライプス」でもヒロインが動物のように木を駆け登るシーンで笑いが起きて……。日本の観客の反応と較べてみたいです。ウェイン・ワン監督の「命は安く、トイレットペーパーは高い」も観れなかったんですけど、台北映画祭で上映されていました。1989年と古い作品ですが、デジタル修復版ができたということですね。クロージングを旧作で締めるというのが珍しく、そんなにいい作品なのかと気になりました。
「香港の中国返還は1997年で、作品が撮られたのはその8年前になるんですが、今回のデジタル修復版は2021年に監督自身が編集したものなんですね。その頃ちょうど、香港のデモが盛り上がっていた時で。古き良き猥雑な香港、返還を数年後に控えた切迫感を持つ香港、またこれから変わりゆく香港と、様々な時代における香港を味わえる作品になっていると思います」
――コンペに中国映画が2本入ってるのもいいですね。今年はTIFFも非常に中国映画が数も多く、盛り上がっていました。ここ数年コロナ禍とおそらく検閲の関係で止まってしまっていたと言われていましたが、それらの作品が一気に出回り始めたということでしょうか?
「仰る通りだと思います。今年の中国映画は数が多いうえに面白いものが多く、普通に選んでいたら何本になってしまうんだろうという感じでした。TIFFで何本かやってくれたので良かったんですが、それ以外にも、中国映画だけでもう一回フィルメックスができるような、それほどいい作品が揃っていました。今年上映する2本はウー・ラン監督の『雪雲』はアート系の作品ですが、ウェイ・シュージュン監督の『川辺の過ち』はフィルム・ノワールです」
――TIFFでも終盤に激しい銃撃戦があるガオ・ポン監督の「ロングショット」が素晴らしかったです。濱口竜介監督の「GIFT」が生演奏付きサイレント上映だというのもいいですね。配給さんが配給作品を探すというのも映画祭の重要な役割だと思いますが、少し経てば劇場で観れる作品を観るだけでは、観客としては面白みがない。その場でしか体験できない作品というものがあってもいいのではないかと。審査員にアノーチャ・スゥイーチャーゴーンポンが入っているのも注目しています。彼女は「暗くなるまでには」が大阪アジアン映画祭で上映されたのみで、実はフィルメックスもTIFFも上映していない。自身が運営するインディー映画の制作支援を行う映画基金プリン・ピクチャーズで女性監督の作品やアート系作品を多数生み出してきて、東南アジアのキーパーソンですね。プレイベントで劇場公開されておらず、観る機会が限られていた「カム・ヒア」と「暗くなるまでには」も上映されました。これはどういった経緯で?
「確かにフィルメックスで彼女の作品は上映していませんが、実は彼女は初年度の「タレンツ・トーキョー」に参加してくれていて。その頃は「ネクスト・マスターズ」っていう名前だったんですけど。「タレンツ・トーキョー」はファンドみたいなこともやっていて、彼女は企画を出したりしてくれていたので、ずっと関係はあったんです」
――フィルメックスの長くある伝統も引き継ぎながら、これからは神谷さんの個性も、というところなのかなと思いますが、何か方向性はありますか。
「これまでずっと開催規模を探りながら運営してきて、開催規模が決まらないと何をやるかも決まらないので、まだ個性を出すところまで行っていない気がします。最初から規模が決まっていれば、今年はこういう方向性でやりましょうと、早い段階から決めて動くこともできるんですが」
――TIFFも今年からプレスはトートバッグとカタログを貰えなくなって。でもTIFFはプレス上映が一部を除いて別というのは拘っているんですよね。コンペなんかは盛況ですが、非常に閑散としている上映回もあって、別途QAに申し込むのも煩雑なので、コンペだけ別上映等でもいいんじゃないかと思いました。フィルメックスも昔から、香港映画や韓国映画は人が入りますが、それ以外は満席というわけではなかったと思います。アート系映画で朝日ホールの客席を埋めるということ自体、考え直す時期なのかもしれません。色々と試行錯誤しながら存続を目指すというのが、これからの映画祭の使命なのでしょうか。昨年初めて釜山映画祭に行き、もしフィルメックスがなくなっても釜山に来れば良質なアジア映画を観れることが分かりました。でも逆に言えば、毎年釜山に行かなければいけないということです。アジア映画ファンはみな、フィルメックスが存続できるよう応援していますので、頑張ってください。
第24回東京フィルメックス
11月19日(日)~11月26日(日)
有楽町朝日ホール ヒューマントラストシネマ有楽町