十八才/眠れぬ夜/ひと夏のファンタジア/5時から7時までのジュヒ
配給 A PEOPLE CINEMA/ショコラ
3.7(金) ユーロスペース
ほか全国順次公開
最新作「ケナは韓国が嫌いで」が公開となるチャン・ゴンジェ監督。かつては「一般の劇場よりもチケット代が安かったから」と、民間のシネマテークに入り浸り、インディペンデント映画を見て育ったという。ゴダール、トリュフォーらヌーベルバーグの巨匠たちはもちろん、アメリカン・ニューシネマ、イランのキアロスタミ、岩井俊二や北野武らの作品を浴びるように見て、映画好きの同世代たちと語り合った日々が彼の映画人生の原点だ。
その後、大学の映画学科を経て、ポン・ジュノの出身校としても名高い韓国映画アカデミーに撮影専攻で入学。さらに国立の芸術大学である韓国芸術総合学校に進学したものの「自分の映画を撮りたい」という思いに突き動かされて退学し、長編デビュー作「十八才」のシナリオを描き始めたという。09年に発表した「十八才」はロッテルダム、香港など12を超える国際映画祭に招待された。それまでにない感覚を持つ新世代の監督の誕生は、韓国のインディペンデント映画界におけるひとつの“事件”となった。
河瀬直美が共同プロデューサーとして名を連ね、奈良県五條市で撮影された第3作「ひと夏のファンタジア」(14)は、韓国でインディペンデント映画としては異例の3万人以上の観客を集め、チャン・ゴンジェ監督への注目度もアップ。しかし、その後も、09年に立ち上げた制作会社モクシュラをベースに、インディペンデントであることにこだわりながら作品を生み出し続けている。
自身の体験をもとにシナリオを書いた「十八才」は、タイトル通り高校生が主人公。交際100日を記念して海辺の街に旅行に出かけた男女が、帰宅後、双方の両親立ち合いのもとに「大学に合格するまで会わない」と約束させられる。年齢的には大人の入り口に立ちながらも、親たちの許可なしには愛する人とともにいることさえままならなない高校生たちの心情が瑞々しく描かれている。自分自身をモデルとする主人公に対する視線は、感傷的にも、エモーショナルにもなり過ぎず、抑制された語り口で映画を進めていくスタイルがすでに確立されていることにも驚かされる。悩みに悩んだ末に出会ったという主演のソ・ジュニョンもすばらしい演技を見せ、ソウル独立映画祭独立映画スター賞を受けた。
「十八才」で10代の自分を描いたチャン・ゴンジェは続く「眠れぬ夜」(12)で、撮影当時、30代だった自分と妻の関係に目を向けた。ポルトガルのペドロ・コスタ監督の作品に刺激を受け、「カメラ1台あれば映画を作ることができる」と、少人数のスタッフ、キャストとともに自宅で撮影を開始。事前にシナリオを作らず、テーマを決めてキャストと討議し、リハサールをしながらセリフを作っていったというこの作品は、結婚2年目、新婚気分の残る夫婦の日常を至近距離から見つめる。ドラマ『イカゲーム』で広く知られる前のキム・ジュリョンとリュ・スンワン監督作品で知られるキム・スヒョンが、リアリティのある演技を見せている。
自分自身の物語から出発したチャン・ゴンジェの映画は、第3作の「ひと夏のファンタジア」でさらなる飛躍を遂げる。モノクロの第1章「初恋 よしこ」、カラーの第2章「桜井戸」という2部形式をとるこの作品の前半では、奈良県五條市を訪れた韓国の映画監督と日本語の話せる彼の助手が市の職員とともに街を歩きながら住民たちにインタビューしていく。それはまるで、チャン・ゴンジェの作品作りの追体験のようでもある。さらに第2章では、そこで助手と職員を演じたキム・セビョクと岩瀬亮が、旅行で同市を訪れた女性ヘジョンと地元の青年・友助に扮し、慎み深いふたりが少しずつ距離を縮めるラブストーリーが展開される。映画監督が街の人々と出会う第1章と、彼が完成させた映画のような第2章は互いにゆるやかにつながり、映画作家チャン・ゴンジェが「フィクションの中のフィクション」という新たな形式に足を踏み入れたことを知らしめた。
「眠れぬ夜」の妻と同じジュヒという名を持つ主人公を、同じキム・ジュリョンが演じた「5時から7時までのジュヒ」(22)は、タイトル通り、アニエス・ヴァルダの名作「5時から7時までのクレオ」(61)へのオマージュだ。医師から悪性腫瘍の可能性を告げられた40代の大学教授が研究室で過ごす2時間のなかで、彼女の元夫が演出した舞台作品として語られる夫婦の過去(にも見える物語)が並行して語られていく。
俳優、撮影、監督、プロデューサーと、様々な立場で映画にかかわってきたチャン・ゴンジェ。現在の彼は「プロフェッショナルとしていい作品を作りたいという気持ちが強い」と語る。もちろん、彼はすでにデビュー作「十八才」から、独自の美学とリズムを持った映画作家であり、特にブルーグレーを基調とする色合いと物静かな空気、細やかに計算されたサウンドは、どの作品にも共通している。恋愛と結婚という普遍的なテーマを、リアルでありながらも幻想的な手法で描き続けているのも特徴。覚めて始めて気づく夢の描写や、現在と過去をシームレスでつなぐ手法、「ひと夏のファンタジア」や「5時から7時までのジュヒ」で見せたような劇中劇など、さまざまな試みを続けている。
22年には、「新感染 ファイナル・エクスプレス」(16)以降、活躍の続くヨン・サンホ監督が脚本を手掛けた配信ドラマシリーズ「怪異」の演出を担当。さらにベストセラー小説を原作とした最新作の「ケナは韓国が嫌いで」は23年の釜山国際映画祭のオープニングを飾るなど、インディペンデント作家のトップランナーとして、キャリアの可能性を開拓し続けている。ジャンルにこだわらず「演出家として、いい作品があればやっていきたい」という気持ちを持ちながら、仲間たちとともに健全な制作体制のなかで映画を作る方法を模索している姿勢も、映画人チャン・ゴンジェらしさと言えるだろう。
文:佐藤 結
監督・脚本:チャン・ゴンジェ
出演:ソ・ジュニョン/イ・ミンジ
2009年/95分
原題:회오리 바람/Eighteen
(劇場初公開)
第28回バンクーバー国際映画祭ドラゴン&タイガーズ・アワード・フォー・ヤングシネマ受賞(2009)
第35回ソウル独立映画祭独立映画スター賞(ソ・ジュニョン)(2009)
第46回ペーザロ国際映画祭ニューシネマ大賞(2010)
第1回アナハイム国際映画賞最優秀作品賞(2010)
チャン・ゴンジェ監督待望の長編デビュー作、
「自分の物語」を普遍的なものへと開いていく。
高校2年生の冬休みを迎えたテフン(ソ・ジュニョン)とミジョン(イ・ミンジ)。付き合って100日目を記念して家族にも黙って海辺の街へ旅行に出かけたふたりは楽しいときを過ごすが、帰宅直後、テフンは両親とともにミジョンの家へと呼び出される。旅行先での出来事を問いただしているうちに逆上するミジョンの父。翌日、再びミジョンの家を訪れたテフンは、大学に入るまでミジョンとは会わないという誓約書を書かされる。しかし、ふたりきりになるとミジョンは、決して別れることはないと彼に告げる。
行きつけのインターネットカフェで料金をめぐってトラブルを起こし、一方的に暴力をふるわれるテフン。ミジョンとも連絡がとれず、ついに家まで会いにいくが、彼女は帰ってほしいと言うばかりだった。
中華料理店で出前のアルバイトを始めるテフン。出前の途中でミジョンの乗っている車を見つけた彼はあとをつけ、彼女の通う予備校を見つける。ようやくミジョンに会えたテフンだったが彼女の態度は冷たかった。
出前先のマンションで住民からの苦情を受けるテフン。イラつく気持ちを抑えられないままバイクを飛ばしていた彼は交差点で歩行者と事故を起こしてしまう。無免許だったため保険での処理ができず、アルバイト先もクビに。手元に残ったわずかなアルバイト代でミジョンに贈るプレゼントを買うが、予備校に行っても彼女に会うことはできない。
その後、担任に呼び出され久しぶりに高校に行ったテフンだが、すぐに抜け出してしまう。
98年から短編作品で注目されてきたチャン・ゴンジェ監督待望の長編デビュー作。多くのアジア映画を世界に紹介してきたイギリスの映画評論家トニー・レインズが「この場面を見るだけで、この映画を作った人が映画言語をきちんと理解していると感じられる」と評した印象的なシーンから始まるこの映画は、自らの経験をベースに、受験一辺倒の高校生活の中で、家族たちの反対を受けながらも同級生との恋愛を続けようとする主人公の姿を瑞々しく描く。主人公のガールフレンド、彼らの母親たちといった女性キャラクターに対する洞察力のある視線も、後の作品にも見られるチャン・ゴンジェらしさと言えるだろう。「自分の物語」を普遍的なものへと開いていく作家としての力を存分に発揮している。
韓国映画振興委員会、ソウル・フィルムコミッション、京畿フィルムコミッションからの支援を得て製作されたこの作品は2008年1月から3月にかけて撮影された。主人公テフン役には、多くの俳優をオーディションした末に出会った子役出身のソ・ジュニョンを起用。平凡な高校生の持つ複雑さを自然に演じた彼はソウル独立映画祭独立映画スター賞に選ばれた。また、現在では『破墓/パミョ』(24)をはじめ数々の大作映画を手がける作曲家となったキム・テソンが音楽を担当している。ちなみに原題の『회오리 바람(つむじ風)』はフランソワ・トリュフォー監督の「突然炎のごとく」(62)の中でヒロインが歌う曲からとられており、主人公たちが口ずさむハミングのメロディーにもその影響が見られる。
監督・脚本:チャン・ゴンジェ
出演:キム・スヒョン/キム・ジュリョン
2012年/65分
原題:잠 못 드는 밤/Sleepless Night
(劇場初公開)
第13回全州国際映画祭韓国映画長編部門大賞&観客賞(2012年)
第65回エディンバラ国際映画祭学生批評家賞(2012年)
第34回ナント三大陸映画祭インターナショナル・コンペティション部門スペシャルメンション(2012年)
個人的でミニマルな物語であると同時に、
誰でもが「わたしの物語」だと共感できる。
結婚から2年が過ぎたものの、いまだに恋人同士のように親密に毎日を過ごしているヒョンス(キム・スヒョン)とジュヒ(キム・ジュリョン)。ヒョンスはいりこの加工工場に勤め、ジュヒはヨガ講師として働いている。目下の悩みはヒョンスの休日出勤で、短時間労働ながらも片道1時間半もかかる職場に行かなければならないことを心配したジュヒは、社長に掛け合って正当な手当てをもらわなければならないとヒョンスに念を押す。もちろん、そんな夜でもふたりは堅く抱き合い、キスを交わしながら眠りにつくのだった。
ある休日、アイスキャンディーを片手に公園で遊ぶ家族連れを見ながら子育てについて話し合うヒョンスとジュヒ。父親と母親が交わす視線には恋愛時代のような特別な感情が見えないと言うヒョンスに、ジュヒはそんなことはないと言い返す。
母親を訪ね、台所仕事を手伝いながら話をするジュヒ。そろそろ子どもを持てという母にまだそんな気になれないと答える。一方、ヒョンスは親しい後輩と酒を飲みながら、理想的に見えた彼ら夫婦が離婚に至るまでの経緯を聞いている。
仕事帰りのジュヒを駅まで迎えにいくヒョンス。しかし、自転車置き場にあるはずの自転車が盗まれてしまっていたことでジュヒは落胆する。家に戻り、ヒョンスが買ってきたワインとケーキを前に話をするふたり。自転車とは縁がなかったかもしれないけれど、もし、子どもを授かったらそのことを受け入れて育てて見たいと、ジュヒがつぶやく。
新婚気分が残る夫婦の日常を至近距離から見守る、生活感あふれるラブストーリー。「善良な人たちの暮らしを見つめる寓話を作りたかった」というチャン・ゴンジェ監督の言葉通り、個人的でミニマルな物語であると同時に、誰でもが「わたしの物語」だと共感できる広がりを持っている。制作にあたって最も影響を与えたのはポルトガルのペドロ・コスタが手掛けたドキュメンタリー「ヴァンダの部屋」(00)。ふたりの俳優と最小限のスタッフでチャン・ゴンジェ監督の自宅に泊まり込み、「静物画を撮るように淡々と」撮影を行ったという。現場で録音した音を重ねた深みのあるサウンドもペドロ・コスタ作品からインスピレーションを得たという。事前に脚本を作らず、その場面でどんな会話を交わすのかといったテーマだけを決め、俳優たちと話し合いながらセリフに落とし込んでいった。また、夫婦ふたりの親密なシーンの空白を最小限にするため、4対3のアスペクト比が採用されている。
当初、実際に夫婦である俳優のキャスティングを試みようとしたが、うまくいかず、旧知のキム・スヒョンに夫役をオファー。さらに妻役には「知的かつエレガントな」声の持ち主であるキム・ジュリョンが起用された。『イカゲーム』(21)への出演後、エキセントリックな演技を得意とする俳優として広く知られるようになった彼女だが、本作では夫と過ごす穏やかな日々を愛しみ、子どもを持つかどうかで悩む等身大の30代女性をのびやかに見せている。
監督・脚本:チャン・ゴンジェ
出演:キム・セビョク/岩瀬亮
2014年/97分
原題:한여름의 판타지아/A Midsummer's Fantasia
第19回釜山国際映画祭 監督組合賞(2014年)
第40回ソウル独立映画祭 スペシャルメンション(2014年)
第3回茂朱山里映画祭 ニュービジョン賞&全北批評家フォーラム賞(2015年)
第35回韓国映画評論家協会賞 FIPRESCI韓国本部祭賞(2015年)
第16回釜山映画評論家協会賞 最優秀脚本賞(2015年)
第3回ワイルドフラワー映画賞 撮影賞(2015年)
第16回Asiatica Film Mediale 最優秀劇映画賞(2015年)
奈良県・五條市を舞台に展開する、
2人の俳優と2つの時間が交差する物語
第1章 初恋、よしこ
奈良県五條市にある古びた喫茶店で言葉を交わし合う地元の人々の姿を見ながらメモをしている映画監督テフン(イム・ヒョングク)。彼はこの街で映画を撮るためにシナリオ・ハンティングにやってきたのだった。日本語が堪能な助手のミジョン(キム・セビョク)とともに観光課の職員・武田(岩瀬亮)と会ったテフンは彼の案内で街を歩く。途中、自分自身の話を聞かれた武田は、韓国からの旅行者との思い出や、役者になりたかった頃のことを語り出す。その夜、夕食を食べながら手応えがあったとミジョンに話すテフン。翌日、山間の村・篠原へと連れてきてもらったテフンたちは住民たちから昔の村の様子を聞く。廃校になって久しい小学校にやってきたテフンは、地元の人ケンジ(康すおん)から聞いた初恋の相手よしこの話に強い印象を受ける。
第2章 桜井戸
奈良県五條市に旅行でやってきたヘジョン(キム・セビョク)。駅の案内所に立ち寄った彼女は地元の男性・友助(岩瀬亮)から声をかけられる。やや強引に彼女の道案内を始めた友助は桜井戸の伝説を彼女に語る。半分デタラメな彼の説明を聞いて笑うヘジョン。昼食をとりながら五條の印象を聞く友助に「なにもないことがよかった」とヘジョンは答える。父の生まれ故郷である篠原に連れて行くという友助の申し出を一度は断ったヘジョンだが、結局、翌日、彼の車で向かうことになる。静かな村で時間を過ごすうちにふたりの距離は少しずつ近づいていく。
なら国際映画祭が若手監督を招き、奈良を舞台に映画を製作するプロジェクトNARAtive2014の作品として完成した本作。映画は2部形式で、モノクロで撮影された第1章では奈良県五條市を訪れた韓国の映画監督と助手が市の職員と共に街を歩きながら市民に話をきいていく。第2章は、1章で助手と職員を演じたキム・セビョクと岩瀬亮が、旅行で同市を訪れた女性ヘジョンと地元の青年・友助に扮したラブストーリー。当初、第1章のみの予定で進んでいた撮影を急遽、変更し「同じ俳優、同じ場所でどうすれば違うものを作ることができるのか、それを考えながらその場で作り出していった」という第2章は、前作の「眠れぬ夜」と同様、事前に脚本を書かず、俳優たちとのやりとりの中でセリフが生み出されていった。撮影が進むにつれて親しくなっていったというキム・セビョクと岩瀬亮の関係の変化が画面からも感じられる。
釜山国際映画祭をはじめとする国内外の映画祭での好評を受けて15年6月に公開された韓国では、インディペンデント映画としては異例の3万人以上の観客を動員。映画雑誌「シネ21」が選ぶ「今年の映画」でも、ホン・サンス監督の「正しい日 間違えた日」に続く第2位にランクインした。さらに、2024年11月、ソウル独立映画祭が第50回を記念した発表した「歴代インディペンデント映画ベスト10」の1本にも選ばれた。チャン・ゴンジェ監督の代表作であると共に、韓国インディペンデント映画史に残る作品といえるだろう。
監督・脚本:チャン・ゴンジェ
出演:キム・ジュリョン/ムン・ホジン
2022年製作/75分
原題:5시부터 7시까지의 주희/Juhee From 5 to 7
(劇場初公開)
ジュヒの周りに散りばめられ数々の言葉が、
彼女という人物を徐々に浮かび上がらせる
検査を終えた医師から乳がんの可能性が高いと告げられた大学教授ジュヒ(キム・ジュリョン)。いつものように研究室へと向かった彼女は病気について検索し、年金について問い合わせの電話をかける。やがて、4年生のジユが訪ねてくる。調理師として働いた後、大学に入学した彼女は卒業を控え将来への不安を感じていた。部屋を出ようとする彼女を優しく抱きしめるジュヒ。
洗面所の鏡の前で胸元の感触を確かめた後、舞踊科の教授と出くわすジュヒ。自分がどれだけ多くの仕事を押し付けられているかを訴え、明るく立ち去る彼女を見送る。
小さな劇場で芝居の稽古が行われている。演出家のホジン(ムン・ホジン)が、「自由を得てこそ死に勝つことができる」というセリフに苦労する俳優ユラに何度もやり直しをさせている。しばらくして、劇場の外で先輩ムニョンと話をしているホジン。俳優たちを追い詰めるような態度をとりがちなホジンに対し、ムニョンは「ジュヒだから我慢した」と話す。ホジンはジュヒの元夫だった。
娘を預けている母からの電話を受けたジュヒは、若くして亡くなった叔母が乳がんだったことを知る。
ある夫婦の関係が決定的に壊れる瞬間を描いた芝居の稽古の後、楽屋に戻った俳優たちが、この芝居はホジン夫婦の実話なのではないかと噂話をしている。
ジュヒの研究室に学生ウンジョンがやってくる。休学明けの彼女はどこか不安そうな顔で「勉強したら生きるのが楽になりますか?」とジュヒに問いかける。
タイトルからも明らかなように、アニエス・ヴァルダの名作「5時から7時までのクレオ」(61)へのオマージュ。映画の冒頭で「自分はがんを患っているのかもしれない」と知った主人公が午後5時から7時という限定された時間で経験する出来事が描かれていく。主人公の職業が歌手から俳優出身の大学教授となり、年齢も20代から40代に上がっていることに加え、演出家である彼女の元夫が過ごす劇場のシーンが登場することで、オリジナルとは違った複線の物語となっている。
コロナ禍で仕事の予定が変わってしまった時期に、「眠れぬ夜」以降、友人となっていた俳優キム・ジュリョンに「室内で撮れるような小さな映画を1本やってみませんか」と声をかけて始まったという本作。チャン・ゴンジェ監督は当初、ジュヒの研究室内で起こることだけを撮影する予定だったというが、公演活動がストップしてしまった演劇俳優たちとワークショップをすることになり、急遽、そちらも映画の中に取り入れることにしたという。そのことを知らされたキム・ジュリョンは「私に夫がいたんですか?」と驚いたという。撮影は、大学でも教えているチャン・ゴンジェ監督の研究室で行われ、最初に訪ねてくる学生役などを実際の教え子たちが演じているとのこと。
「眠れぬ夜」と同じ名前のキャラクターに扮したキム・ジュリョンは、自身の意見をあまり語らず、聞き役に徹する主人公を穏やかに演じている。ジュヒの周りに散りばめられた数々の言葉が、彼女という人物を徐々に浮かび上がらせるのが興味深い。
1977年11月26日生まれ。韓国映画アカデミー19期(撮影専攻)卒業後、中央大学先端映像大学院映像芸術学科映画演出専攻で製作修士学位(MFA)を取得。98年に短編「学校に行ってきました」で韓国青少年短編映画祭奨励賞を受賞。2009年に長編デビュー作となる「十八才」を発表。同じ年に映画制作会社 MOCUSHURA(モクシュラ)を設立した。12年の「眠れぬ夜」も国内外で高く評価された。なら国際映画祭のプロジェクト「ひと夏のファンタジア」(14)は、興行でも成功。映画作家としてのチャン・ゴンジェの名前を広く知らしめる役割を果たした。
20年にムジュ山里映画祭プロジェクト「月が沈む夜」(キム・ジョングァンと共同監督)を発表。その後も「眠れぬ夜」に続いて俳優キム・ジュリョンと組んだ「5時から7時までのジュヒ」(22)、釜山国際映画祭のオープニング作品「ケナは韓国が嫌いで」(23)、演技ワークショップに臨む俳優たちが主人公の「最初の記憶」(23/アン・ソンギョンと共同監督)と、精力的に作品作りを続けている。24年10月にはソウル・アリランシネセンターにて全作品を上映する「チャン・ゴンジェ展」が開催された。
韓国の配信プラットフォームTVINGのオリジナルドラマシリーズ「怪異」(22)の演出や濱口竜介監督の著書「カメラの前で演じること」(22年)の韓国語版出版も手がけた。龍仁大学文化芸術学部映画映像学科教授。
2025年