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余燼

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夏目深雪


台湾のダークな歴史、白色テロをテーマにした
鍾孟宏(チョン・モンホン)監督の新作

台湾文化センターが主催する「台湾映画上映会2025」で、鍾孟宏(チョン・モンホン)監督の新作「余燼」が上映された。

鍾孟宏監督作品は、非常に質が高いのに劇場公開作品がないのが残念だが、近作の2作(「ひとつの太陽」「瀑布」)はNetflixで観ることができる。

やや寡作で、ダークなテイストの作品が多いが、コメディ、サスペンススリラー、犯罪もの、家族のヒューマンドラマなど、ジャンル映画でお馴染みの要素を取り入れながら、それらのミックスのような唯一無二の映画を作ってしまう見逃せない監督である。

「余燼」は台湾のダークな歴史、白色テロをテーマにしている。

1947年の二・二八事件以降、87年まで戒厳令が敷かれ、東西冷戦下の反共政策を盾に左派分子や共産スパイの弾圧が行われた。

1949年から1960年の間に約2000人が処刑され、死刑を免れた約8000人も10年程度から無期懲役にいたる服役を命じられ、うち約9000人は冤罪だったとも言われる。

1989年という驚くべき時期に、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督により「悲情城市」で初めて映画に描かれ、その後もエドワード・ヤン監督の「牯嶺街少年殺人事件」(91)でも重要な要素となっている。

近年では、ホラー映画「返校 言葉が消えた日」(19)が前述の2作以上に真正面から扱っていて雑誌『ユリイカ』で特集が組まれるなど話題になった。

さて、台湾の二大巨匠・侯孝賢(ホウ・シャオシェン)とエドワード・ヤンに続く鍾孟宏の「余燼」はどうだったか。

よくも悪くも、ジャンル映画の要素を取り入れながら唯一無二の作品を作るという鍾孟宏の資質がよく現れた作品であった。

ある白色テロの加害者が殺害され、それをチームで追っていく刑事が主人公である。

事件を追っていくうちに、白色テロの犠牲者の肉親が、加害者に復讐したことが分かる。

主人公を「牯嶺街少年殺人事件」で主人公の少年を演じた張震(チャン・チェン)が演じ、目配せが感じられる。

ジャンルでいうと、警察もの/犯罪ものがメインで、近年中心となってきている家族のドラマも重要な要素である。

鍾孟宏は何故様々なジャンルを混合するのか。
型に嵌ったものを取り入れながら型に嵌らない映画を創出するのが彼のやり方なのだろう。

近作2作を見ても、そうすることによって善悪の境目が揺らぎ、人生の無常を感じさせるのが彼の映画の醍醐味である。

「ひとつの太陽」では、無事少年院から出所したのに、昔の悪い仲間に悪の世界に引き戻されそうになる息子を救うために、父親が取った手段は驚くべきものだった。

「瀑布」でも精神疾患を抱えるシングルマザーに離職、マンションの火災と不幸が立て続けに襲う。

そのなかでも娘との絆、新しい恋人の出現など心温まるエピソードを積み重ね、にもかかわらずラストシーンは突然の天災が娘を襲うのだった。

「余燼」では白色テロは、「悲情城市」や「牯嶺街少年殺人事件」のように、市井の人々を苦しめた“当時の状況”だったり、「返校」のように“悪の象徴”ではない。

加害者も普通の人間として描かれている。

今回挙げた映画以外は描くことすらしなかった、長年にわたり、人々にも社会にも甚大な被害を与えた事象を、刑事が追う事件として扱ってしまうことの是非がまずある。

しかも被害者の肉親が復讐をする=罪を犯すので、白色テロを行った人々を善悪二元論で“悪”とは扱っていない。

実際、SNSでは若い世代を中心に批判されたそうだ。
確かに、時の政権の言いなりになって生き抜くために人々を殺したり拷問した人々もいたのだろう。

だが彼らのそういった“人間としての顔”や“肉声”は、今までは映画に登場しなかった。

その善悪の揺らぎを、刑事ものというジャンルを借りてやりたかったのだろうと思わせる。

物議を醸すのはおそらく織り込み済みで、非常に挑戦的な姿勢、現代的な映画で、今だからできることなのだろう。

だが疑問に思うところもあった。
ラストシーンの、主人公と加害者の娘の恋の進展や、母親とのくだりは必要だったのか。

本当に刑事ドラマのようで拍子抜けした。
だが一方で、犯人(白色テロの被害者の肉親)が慈善を施している大きな会場で、刑事らが逮捕する終盤のシーンはよかった。

おぞましく凄惨を極める過去からの時間と、何事もなかったような現在の平和な時間の対比は、この映画の成立の困難さをも表していて、極めて批評的である。

いずれにしても、この映画を観ることによって、白色テロについての解像度がかなり高くなった。

「牯嶺街少年殺人事件」「返校」も見直してみたが、登場人物が新たな角度から語りかけてくるようであった。ぜひ多くの人に観る機会があることを願う。


「余燼」
監督:チョン・モンホン
出演:チャン・チェン/モー・ズーイー
2024年/162分/台湾
原題または英題:餘燼 The Embers
© 本地風光電影

「台湾文化センター 台湾映画上映会2025」上映作品


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