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小林淳一
【断片】の極致。
だが、それは映画、としか呼びようがない
月永理絵は書籍「作家主義 レオスカラックス アートシアター時代 1988×2022」に新たに封入された「IT‘S NOT ME イッツ・ノット・ミー」のレビューの冒頭で次のように語る。
「先日来日したカラックス監督は、新作の制作経緯についてこう語っていた。当初この映画は、過去につくった自作からの引用と、自分がiPhoneで撮った映像、そして新たに録音した自分の声から構成する予定だった。けれど素材を集めていくなかで、ここに付け加えたいイメージが大きく広がっていった。最終的には、自作を含めたさまざまな映画からの引用をモンタージュしながら、ドニ・ラヴァン演じるメルド氏の登場シーンをはじめ、新たに撮影されたいくつかの場面が追加されることになった。ただし編集はすべて自分ひとりで行った。」
「レオス・カラックスの新作「IT‘S NOT ME イッツ・ノット・ミー」が公開される。ここでは、この映画のように過去のカラックスの断片を振り返りながら、その新作を待ちたいと想う。
(以下、すべて「作家主義 レオスカラックス アートシアター時代 1988×2022」からの引用となる。)
川村元気
「カラックスの新作が公開されると、やはり劇場で観なくては、という気持ちになります。何か儀式的な構えになるというか」
時は遡る。1988年2月6日。「汚れた血」公開。
曽我部恵一
「出逢いは『汚れた血』。高校生のときでした。(中略)とにかくスチールがかっこよくて。映画の最後にアンナ(ジュリエット・ビノシュ)が走っていく写真。それで観たのが最初だったと思います。もうとにかくかっこよくて。自分が求めているものすべてがあるような気がしました」
1988年7月16日。カラックスのデビュー作「ボーイ・ミーツ・ガール」が公開。
横浜聡子
「二十年ほど前、『ボーイ・ミーツ・ガール』をVHSで観た。小さな画面を見ながら泣いていた。なんで泣いたのかはわからない。映画の人物たちとは何ひとつ同じ体験はしていないのに、彼らの芝居なり、存在なり、映画の作りなりにシンパシーを感じてしまう。感情移入してしまう。(中略)カラックスの映画は、断片が強く残る。だから、一度見たら、しばらく観ない」
1992年3月28日公開。第3作「ポンヌフの恋人」。シネマライズで公開され、6ヵ月の大ロングランを記録。
野村佐紀子
「(『ポンヌフの恋人』の)アレックスを見て、感じることで、自分は確認したくなかった想いがどんどん剝がされていく。そこにグッと惹きつけられる。(中略)痛くなる。そのことだけが残っている。哀れだとか、可哀想だとか、思わないようにしているのは、加害者になるかもしれない自分に蓋をしているから。つまり、そうした感情はある。でも、あってはいけないと思っている。そのあたりも暴き出されてしまう。不快感と快感が一緒になる感覚。一度見たら、もう見なかったことにはできない。そこには、暴力と、肯定が、両方ある」
1999年10月9日。第4作「ポーラX」公開。
行定勲
「カラックスの恋は、常に一方的だ。勝手に思い詰めているだけ。勝手に盛り上がって、勝手に壊れていく。(『ポーラX』の)ラストシーン。最後のショットだけ走ってくるイザベルが若い。少女のように若い。あそこだけ、客観的。あそこだけ、素の彼女が走っているように映る。もっと老成した人物を演じていたはずなのに。その躍動が、若い走り方に思えた」
2008年8月16日。「TOKYO!」が公開。その中の一篇「メルド」をカラックスが監督。
塩田明彦
「もはや『メルド』には【啓示】が、ない。東京に妙な男が現れて、『ゴジラ』の音楽を背景に、やりたいだけやる。あれこそ【断片】の極致。こんなに伸び伸び映画を撮っていいんだろうか? だが、それは映画、としか呼びようがない。(中略)自分が思いついたアイデアを【啓示】として捉え、ただ実行していく。それが短編ならば【断片】を羅列していくだけでも映画になるんじゃないか。きっと、そんな発見がカラックスの中にはあったのだろう」
2013年4月6日。「ホーリー・モーターズ」が公開。
再び、塩田明彦
「その新たな【啓示】が基になって作られたのが『ホーリー・モーターズ』。あそこでドニ・ラヴァンがこなしていくアポと呼ばれる指示書は【啓示】に他ならない。その回数を増やしていけば長編になる。この身も蓋もない答えが、この映画だ。これはカラックス映画の完成形だ! 『メルド』を経て、ついにカラックスがカラックスであることに開き直った。本当に3分で終わることを並べていく。映画の本質は物語ではない。いま、映画的なことが起こった。その瞬間瞬間の連続でしかない。純粋に映画が映画的であろうとしたら、物語なんか無視して、その瞬間だけを描くべきなのだ」
2022年4月1日。9年ぶりの新作「アネット」が公開。
井之脇海
「『アネット』は予告を観たときから、バイク出てくるし、やっぱりバイクが好きなんだなと。あれ、バイク、出したいだけなんじゃないかと思います。バイクは自由の象徴であり、死の象徴でもある気がします。でも、それって後づけの可能性もあって(笑)。『アネット』は、なんでやたらとバイクを映す必要があるのかわからない。ただ、作品の緩急にはなる。どこか破滅に向かっていく様にも映る。このこと自体に、映画の夢があると思ってしまうんです」
レオス・カラックスの最新作「IT‘S NOT ME イッツ・ノット・ミー」。本作では、撮影監督・ジャン=イヴ・エスコフィエ(1950-2003)への献辞がささげられている。
高橋周平
「最初の3作品では、監督カラックスと撮影監督のジャン=イヴ・エスコフィエの二人三脚で映画が出来上がっていると思います。フィルムの選択やカラー表現の目指しどころはエスコフィエが主導権を握っていて当然かと思いますが、エスコフィエはテストシューティングをとにかく丹念に行う人でした。それなくして初期三作品の評価はなかったと思います。(中略)努力する天才だと思います。すごく研究している」
最後にレオス・カラックスについて。
再び、川村元気
「いまはLGBTQやブラック・ライヴズ・マターとか、大きなテーマが生まれています。そんな中で観ると『アネット』は極めて個人的に映る。でも、いいんですよ。カラックスがやりたかったんだから。ノーテーマでアヴァンギャルドなものも僕は観たいので、なくなってほしくないし、こういう映画を撮り続けてほしい。カラックスは一種の画家だし、宮廷音楽家。21世紀では稀有な存在だと思いますから」
4月26日。「IT‘S NOT ME イッツ・ノット・ミー」公開。
「IT‘S NOT ME イッツ・ノット・ミー」
監督・脚本:レオス・カラックス
出演:ドニ・ラヴァン/カテリーナ・ウスピナ
2024/42分/フランス
配給:ユーロスペース
(C)2024 CG CINEMA • THEO FILMS • ARTE FRANCE CINEMA
2025年4月26日(土)よりユーロスペース、角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国ロードショー
「作家主義 レオス・カラックス アートシアター1988×2022」
定価:1,200円(税込)
発行:A PEOPLE
発売中
A PEOPLE SHOP
*「IT'S NOT ME イッツ・ノット・ミー」公開に合わせ、同作品のレビューを封入して公開劇場などで販売中