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賀来タクト
長谷川和彦のフロンティア・スピリットは
30年を経た今、改めて現代を撃ち抜いている
ディレクターズ・カンパニーとは何だったのか。
1982年6月末、発足。
フリーランスの映画監督9人が結束した映画企画・製作会社。
単なる映画仲間の寄り合い(カンパニー)に終わらず、無論、組合(ユニオン)でもなく、きちんと利益も考えた会社(カンパニー)でもあらんとしたところに熱い気概があったか。
言い出しっぺは、長谷川和彦だった。
今村昌平の独立プロダクションで映画界に足を踏み入れ、その後、日活での契約助監督生活、ATGでの監督デビュー(「青春の殺人者」)、キティ出資による問題作の製作(「太陽を盗んだ男」)と場数を踏み、映画現場の酸いも甘いも知った男なりに出した結論。
次なる一手。
将来への一歩。
監督になったはいいけれど、所詮は野良犬。
エサを求めて、フラフラするだけ。
個人でやるには限界があるんじゃないか?
だったら、徒党を組んでみよう。
よく見れば、そんな奴、周りに結構いるじゃないか。
何か面白いことができるんじゃないのか。
長谷川が80年代半ばから1年半ほど「監督集団」の構想をつぶやいて回った結果、集まったのは相米慎二、根岸吉太郎、池田敏晴という「日活出身組」に、石井聰亙(岳龍)、井筒和幸、大森一樹、黒沢清、高橋伴明といった自主映画、ピンク映画出身の面々。
会社たる側面を補うため、博報堂から宮坂進を担ぎ出して社長に据えた。
去る7月11日、俳優の水谷豊はユーロスペースで行われた特集上映《長谷川和彦 革命的映画術》(同名の書籍が発売中)のトークイベントで言った。
「(1970年代半ば、長谷川は)若い俳優たちの間でやたらウワサになっていた。とにかくすごいんだと。会ってみたら、本当にすごかった」
長谷川の求心力は80年代に入って監督仲間にも及んだ。
長谷川は間違いなく、新時代の映画監督像を開拓する若き旗頭だった。
パイオニアだった。
長谷川が切り開いた道を相米が歩み、その背中を仲間たちが追いかけ、やがて「集団」ができていった。
ディレクターズ・カンパニーからはさまざまな作品が産声を上げた。
相米の「台風クラブ」「東京上空いらっしゃいませ」、高橋伴明の「DOOR」も同社の脚本公募から生まれたもの。
「光る女」は「台風クラブ」が東京国際映画祭のヤングシネマ部門大賞の賞金をもとに企画され、ピンク映画として企画されるも完成が危ぶまれた黒沢清の「ドレミファ娘の血は騒ぐ」にしても、ディレカンの支えがなければ世に出ることはなかったはず。
長谷川と伴明がプロデュースに回った石井の「逆噴射家族」、やはり根岸がプロデュースを受け持った池田の「人魚伝説」のように、くせ者監督がくせ者監督の面倒を見る。
そんなユニークな状況もこの監督集団がなければ日の目を見なかった。
1992年5月、倒産。
監督たちは再び散り散りになった。
ゆくゆくは自分たちの映画館を持ってみたい。
そんな長谷川の夢も潰えた。
利潤を求めた会社としては失敗だろう。
実態として、外からはよくわからない印象の「集団」でもあった。
誰が何をどういう基準でやっているのか、わからない。
会社の体をしながらもそれぞれの監督が個人活動に終始した感もなくはない。
「映画監督の派遣会社」のように唱えた向きもある。
では、長谷川の蒔いた種は試みに過ぎなかったのか。
集団が残した足跡は砂をかぶるだけなのか。
30年後の今、関係者以外で判断が許されるのは、残された作品にふれる観客だけだろう。
その残された作品はどれも「個性」という名の香りにむせかえるようなものばかりだ。
純粋に作品という枠組みで追うなら、これほど「作家性」という刃を大胆かつ鮮やかに振り続けた会社もなかった。
無論、そこには無残な「流血」もあったわけだが、現在のようなコンプライアンス云々の閉鎖的な窮状を思えば、これほど豊かな「作家主義」の現場はない。
長谷川のフロンティア・スピリットは30年を経た今、改めて現代を撃ち抜いている。
それは決して、あの時代へのノスタルジーではない。
ディレクターズ・カンパニーとは何だったのか。
個人的には1989年(たぶん)、「東京上空いらっしゃいませ」の仕上げ中の相米慎二に話を聞くべく、赤坂のディレカン本社へ足を運んだことに思いが及ぶ。
相米の肩越しに見えたのは、事務所の奥で誰かと碁(将棋だったかも)を打つ長谷川和彦の姿。
黒板の予定表を見れば、長谷川の欄には「吉里吉里人 執筆中」の文字。
そうか、長谷川和彦の新作は進んでいるのか。
もちろん、その期待はすぐに霧散するのだけれど。これは、郷愁。
結局、長谷川和彦は今も新作を撮っていない。
ずっと「6ヶ月後のクランクイン」を目指したままである。
しかし、ディレクターズ・カンパニーという「作品」は残したといえるかもしれない。
それほどに、今も魅惑的で妖しげなあだ花的野心作なのである。
長谷川和彦とディレクターズ・カンパニー
国立映画アーカイブ 10月25日(火)〜30日(日)