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相田冬二
エドワード・ヤンからホアン・シーまで
恒例、人気企画が、今年もおこなわれる。
〈台湾巨匠傑作選二〇二〇〉と題され、33本の台湾映画が一堂に会す。
おなじみの作品から、初公開、とっておきの秘蔵品まで、よりどりみどり。
厳選に厳選を重ねているから、どれをセレクトしても間違いなし。
なので、ここでは、あえて、わたしの個人的な感覚で、これだけは観ておきたい9本をチョイスしてみた。
季節はずれの福袋として、ぜひ、おすすめしたい。
期間は9月19日から11月13日、徐々に過ごしやすくなり、深まりゆく秋は、台湾映画にぴったりのシーズンだと思う。
セレクトポイントは、ずばり2020年。
特別な一年にふさわしい台湾映画を、思いっきり独断と偏見で選んでみた。
まず、泣く子も黙るエドワード・ヤン監督、世評の高い初期作や代表作も上映されるが、今回はあえて遺作「ヤンヤン 夏の想い出」だけを推す。
老若男女、大家族物語のひとつの終わりを通して、映画という大いなる円環を閉じるようなフィナーレ感は、紛れもなくこの監督がネクストステージに向かっていたことを示している。
「エドワード・ヤンの恋愛時代」は、なぜかほとんど語られることのない傑作だが、ヤンが「恋愛時代」の先に行こうとして、見事にその扉を開けることに成功したという意味でも味わい深い。
次作にはアニメーションが予定されていたというから、実写作品としてはラストだった可能性もある。
夏の終わりに噛みしめておきたい、映画史に残る逸品。
つづいて、「台北暮色」はホアン・シー監督による長編第1作ながら、既に決定的な映画を何本かものにしているスタイリッシュな中堅が、ふとしたはずみで撮り上げたエアポケット的な余裕すら感じさせる優雅さに、魅力がある。
ホウ・シャオシェン監督曰く「現代の台北を、かつてのエドワード・ヤンのように記録している」そうだから、新人の作ではなく、ヤン不在の台湾映画史に、忽然と現れた幸福な幻として見つめてもよいのかもしれない。
ツァイ・ミンリャン監督なら、「郊遊〈ピクニック〉」だ。
近年、ますますドキュメンタリーと劇映画の境界線上でアリアを奏でているミンリャンが、かろうじてフィクションの側に立った最後の作品と言えるかもしれない。
周遊するホームレスなホームドラマだが、見どころはなんと言っても、リー・カーションの顔だ。
雨風にさらされながら、なおも屹立するカーションの顔面は、ミンリャンの最新日本公開作「あなたの顔」の最終盤、眠りながら覚醒しているかのようなカーションの顔面と、ぜひ比較してお楽しみいただきたい。
この俳優の顔ほど、いま、映画を感じさせるものもない。
チャン・ロージー監督のきわめて現代的なミステリ「共犯」は、グリーンを効果的に挿入する映像美もさることながら、美少女ヤオ・アイニンを堪能するために存在していると言っても過言ではない。
千年に一人、とは使い古された形容詞だが、これはヤオ・アイニンにこそふさわしい。
ソン・シンイン監督のアニメーション「幸福路のチー」は、多層的な構造を、シンプルなノスタルジーでくるんで差し出しつつ、飲み下しがたい現代人の欠落感を、等身大で浮き彫りにした、鮮やかな女性映画だ。
シルヴィア・チャン監督の「あなたを、想う。」は、ひりひりするような女性の飢餓感を、ファンタジーでラッピングし、巧みなブレンドと色彩感覚で魅せる、余韻の深い一本。
「目撃者 闇の中の瞳」は、新鋭チェン・ウェイハオ監督の巧みなハンドリングに、あれよあれよという間に連れ去られ、奈落に堕ちる愉悦形容詞スリラー。
「52Hzのラヴソング」は、ウェイ・ダーション監督の「ワン・フロム・ザ・ハート」と言っていい、カラフルで意欲的なミュージカル。
セットをロケのように大胆に、ロケをセットのように緻密に、という映画の基本に忠実でありながら、全編にわたって冒険心が駆け巡っている。
締めくくりには、シェ・チンリン監督のドキュメンタリー「台湾新電影(ニューシネマ)時代」を。
黒沢清や是枝裕和が台湾映画を語るくだりも興味深いが、なんと言っても、「私は、台湾ニューシネマではない」と言い切るツァイ・ミンリャンのふてぶてしさが印象に残る。
「台湾巨匠傑作選2020」
9月19日(土)~11月13日(金) 新宿K’s cinemaにて上映
「台北暮色」 9月23日(水)、9月29日(火)、10月3日(土)、11月2日(月)上映
「あなたを、想う。」 9月23日(水)、10月9日(金)、11月3日(火)上映