photo:星川洋助
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賀来タクト
映画って、失敗とトラブル、
そして、ほんのちょっとの歓喜のループ
映画プロデューサーとして内外の話題作を数多く発掘、公開してきた李鳳宇が一冊の本を上梓した。「LB 244+1」と題された同書は、彼が今日までに配給や製作に携わった映画244本と演劇作品1本をめぐり、その35年に及ぶ軌跡を語り下ろしたもの。その発刊を記念して2023年7月22日、東京は神保町ブックセンターにて著者自身によるトークイベントが催された。映画評論家の夏目深雪を聞き手にまず導きだされたのは、自身にとって初の著作となった本書誕生の経緯である。
「僕には息子がふたりいて、どちらも映画の仕事をしているんですが、昔、阪本順治監督と作った『ビリケン』の撮影現場に連れて行ったことを全く覚えていない。山口智子さんと連日、ご飯に行っていたのに(笑)。最近もいろいろ昔のことを訊いてくるので、それなら自分も年を取ったし、何か残しておいた方がいいのかなと思ったのがきっかけです。日記みたいなものですね。手帳を見ながら思い出して書いたんですが、ほとんど失敗の歴史。映画って、失敗とトラブル、そして、ほんのちょっとの歓喜のループ。毎日、トラブルがあった。トラブル処理ばかり。でも、書いていて懐かしかったし、楽しかったです」
ビジネスライクな側面からどこか遠く、映画好きならではの情熱が言葉の端々に輝く。
「配給にしても製作するにしても、できるだけいろんな映画をやってみたいんですね。自分としてはプロデューサーだとは思っていません。映画にしたいものがあったときは、どうしたかというと、だいたいまず自分で(原案などを)書く。それを誰かに渡している。井筒和幸監督がやってくれた映画『のど自慢』では当初(映画化を)社内からすごく反対されましたね。“『のど自慢』なんてダサいからやめた方がいい”と言われて」
結果、「のど自慢」は当たった。1980年代半ばのパリ留学時にはジャーナリズムを学んだという。どこか日本人離れした嗅覚はその時代に養われた部分が少なくない。
「フランスの新聞はどれも政党色が強いものばかりで、なんだか政治の勉強をしている気分になって、勉強をやめてしまいました。ただ、ジャーナリズムへの関心が消えたわけではなく、日本に帰国しても“日本人って何者なのか”“日本という国はどこに向かうのか”みたいな興味は残りまして。映画に関しても“社会文学のいちばん端にある娯楽”のようにとらえているところがありました。映画祭に出かけて映画の買い付けをしても、ほか(のバイヤー)と意見が合わない。賞を獲った映画もあまりいいと思いませんでした。(配給作品を決める)基準は自分がもう一回、見たくなる映画かどうか。あと、台詞も音楽もないところで見て面白ければ、その作品はホンモノだろうと。みなさんも一度、音を消してご覧になってください。本当にすごい映画は音を消してもストーリーがわかりますから」
お眼鏡にかなって発掘された映画作家にはパク・チャヌク、ポン・ジュノ、ホン・サンス、イ・チャンドン、是枝裕和など、現在世界的評価を受ける人物がズラリと並ぶ。中でも、現代に至る韓国映画人気の礎を築いた功績は大きい。配給作品「シュリ」の興行的成功は今も伝説的に語られている。
「僕が『シュリ』をやる前は“韓国映画なんて(配給を)やってはダメ”といわれるような時代でしたね。“日本人には絶対、理解されないから”と。韓国映画にしても、昔は撮影スタジオがありませんでした。だから、ほとんどの作品が男と女3人の三角関係を描くようなロードムービー。ペ・チャンホさん、イ・チャンホさんが延々と同じことをやっていました。日本での受け止め方もそうですけど、時代は変わるものですね。これからも変わっていくと思います。かつて韓国映画は日本映画に影響を受けていましたが、今はその逆で日本映画が韓国映画の影響を受けていますね」
韓国映画だけではない。李鳳宇が日本に紹介したヨーロッパの映画作家も多い。イギリス映画界からはケン・ローチ、マイケル・ウィンターボトムが、ポーランドからはクシシュトフ・キェシロフスキが李鳳宇によってその名を極東の地で広げていった。
「僕が最初に配給した映画がキェシロフスキの『アマチュア』です。ポーランドに何度も足を運びました。彼にはいろいろな質問をしたんですけど、何も答えてくれなかった(笑)。本当に皮肉屋で、でも情熱家で愛情深く楽しい人でした。キェシロフスキの映画は本当に大好きで、彼には学びましたし、中でも『デカローグ』は僕の中で最高の映画だと考えています。ケン・ローチの映画も9本、配給しました。ケン・ローチも素晴らしい監督。どちらの監督も日本に招くことができてよかったです。あと、本を書きながら“あ、この映画、大好きだな”と思い直したのは、ドキュメンタリー映画『ジャンベフォラ 聖なる帰郷』。これこそがドキュメンタリーだと思うし、こういう映画を作ってみたいですね」
映画の配給、製作だけにとどまらず、最近ではポン・ジュノ監督作品「パラサイト 半地下の家族」の舞台化も鄭義信の脚本・演出でかなえた。鄭義信は、李鳳宇がプロデュースした映画「月はどっちに出ている」(監督:崔洋一)の脚本家である。著作の題名にある「+1」とは、この舞台版「パラサイト」を指す。
「舞台作品は初めてでしたので大変でしたけど、楽しかった。舞台はもう少しやってみたいですね。漫画やアニメーションも作ってみたいと思っています。今がいちばん、プロデュースが楽しいですね。今までの経験を生かすことができていますから。長く生きていく物語を作りたいです。映画なり舞台なりに形を変えていろんな人に届けば嬉しいですね」
「LB」に続く数字は、これからもまだまだ増えていきそうだ。
*9月15日、新たな刊行イベントの開催が決定(詳細は下記)
「LB 244+1」刊行記念イベント―
映画プロデューサーが語る
「深く知りたい日本・韓国映画の最前線」
2023年9月15日(金)19:00~20:30
参加費:イベント参加券1,650円/イベント参加+書籍付き券4,270円(税、送料込み)
定 員:会場(チェッコリ)20名/オンライン80名
※書籍はイベント終了後、サイン入りでお送りします
※会場ご参加の方には書籍のサイン会もあります
「LB 244+1」
定価:2,420円(2,200円税抜)
発行:A PEOPLE株式会社
発売:A PEOPLE SHOP、アマゾンほか一部書店にて発売中にて販売中
A PEOPLE SHOP