「ペパーミント・キャンディー」「オアシス」「シークレット・サンシャイン」などで知られる韓国の巨匠、イ・チャンドンが来日。その会見を、映画批評家・相田冬二が観た、そして、イ・チャンドンに聞いた。
イ・チャンドンが、村上春樹の短編「納屋を焼く」を映画化した。来日記者会見で彼が発した印象的な言葉をここに記録する。
「見やすい映画を観客が望み、作り手がそれに応える現代の流れに逆行したいと思いました。生きること=人生とは何か。世界とは何か。それを問いかけて、自分なりに推察して、考えてほしいという想いがありました。映画を通して観客のみなさんに新しい経験をしてほしい。新しい問いかけを受けとめてほしい」
彼は「バーニング 劇場版」についてまずそう述べた。映画に安易な答えを求める観客にとって本作は高いハードルになるだろう。しかし、自分自身の問題として真剣に向き合う覚悟ある者にとっては、かけがえのない体験になるはずだ。また、村上春樹という作家については、かつて小説家でもあった自身の経験も踏まえて、こう解説する。
「村上春樹は新しい文学です。表向きにはとても洗練されていて、自由な世界を描いているように見える。しかしそれは、非常に複雑になり曖昧模糊とした世界に対応するための必然だった」
このような洞察が底辺にあるからこそ「バーニング 劇場版」は、この現代にとってきわめて切実な映画たりえている。
会見にはゲストで女優・吉田羊も登壇。
わたしは次のように質問した。
「序盤で、ヒロインのシン・ヘミがパントマイムを披露しつつ、そのコツについて語ります。『ない』ということを忘れることが大事だと。最も重要なことがここで発語され、また実現されていたように思います」
イ・チャンドンは次のように答えた。優れて真摯な言葉だった。
「ええ。『ある』ということを信じるのではなく、『ない』ということを忘れることが大事だと。これはパントマイムについての話ではあるのですが、わたしたちが生きていく人生の大切な問題を語ることにもなるのではないかと思いました。普段は目に見えるものだけを受け入れて生きているわけですが、目に見えないものも受け入れるということ。『忘れろ』ということではなく、『ない』ということを忘れるということがいかに切実なことなのだと考えていければ、とても健全な人生に至るのではないかと思いました。それが芸術の領域であっても、信じることの領域であっても、愛や希望の領域であっても、とても必要なことではないかと思いました。この映画は、スリラーの枠を持ってはいますが、目に見えるものと目に見えないものの境界線にある秘密やミステリーを描いている映画とも言えます。3人の登場人物の中で唯一の女性であるヘミだけが、そのような気持ちを持って主体的に生きている。それを見せたいと思いました。ヘミはとても辛い人生を送っていますが、主体的に生きています。真の自由を得ようとしています。ふたりの男は空虚感を抱えていますが、ヘミだけは人生の意味を探しています。人生の真の美しさを求めている」
「バーニング 劇場版」は、そのシン・ヘミの消失を描いた映画だ。わたしたちは残されたふたりの男と一緒に考え、向き合わなければならない。この世界について。できうるなら、主体的に。
Written by:相田冬二
「バーニング 劇場版」
監督:イ・チャンドン
原作:村上春樹
出演:ユ・アイン/スティーブン・ユァン/チョン・ジョンソ
2月1日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
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