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A PEOPLE CINEMA

未完成の映画

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佐藤結


誰もが自分で映像を撮れる時代に
“映画”はどのような映像を見せることができるのか

いつの間にか、当たり前のように“あるもの”になってしまった新型コロナウイルス感染症。

2020年の年明けに流れた「中国内陸部の湖北省武漢で先月から原因不明のウイルス性肺炎の患者相次ぐ」というニュースからわずか1ヵ月のあいだに、日本を含む世界の国々へと瞬く間に広がったこの未知のウイルスは、私たちの生活を劇的に変えた。映画撮影の現場に密着したフェイク・ドキュメンタリーのかたちをとるロウ・イエ監督の「未完成の映画」は、中国に住んでいた人たちが、当時、この事態のなかでどのように過ごしていたかを生々しく見せる。

2019年7月。
10年前に制作を中断した映画の映像を発見した監督シャオルイは、撮影を再開して映画を完成させるため、当時の主演俳優ジャン・チェンを仕事場に呼び出す。

2020年、シャオルイの説得に応じたジャン・チェンをはじめとする俳優とスタッフたちは、春節前後の休暇を利用して新たな場面の撮影を開始。旧暦の大晦日(1月24日)が近づくなか、わずかなシーンを残すばかりとなっていたが、新種のウイルスに関するニュースが深刻さを増し、ついに武漢から来たスタッフが帰宅を命じられる。

それを受けシャオルイも撮影中断を決意するが、撤収前にホテルが封鎖され、ジャン・チェンやスタッフ数人とともに、部屋に取り残されてしまう。

昨年、東京フィルメックスのイベントとして行われた山中瑤子監督との対談の席でこの映画について「以前の作品のフッテージを利用して映画を作ることになったんですが、追加撮影をしようとするときにコロナが始まってしまった」と振り返ったロウ・イエ監督。

冒頭の古いパソコンを立ち上げるシーンはリアルなドキュメンタリーで、実際と同じ設定で始まったという映画は、次第に“現実”と“フィクション”の境界を曖昧にしていく。

ロウ・イエの「スプリング・フィーバー」(09)や「二重生活」(12)の主演俳優でもあるチン・ハオ演じるジャン・チェンらが、ホテルのそれぞれの部屋に閉じ込められてしまって以降は、ビデオ通話の様子やスマートフォンで撮影した映像が多用される(劇中の監督シャオルイもジャン・チェンに「この状況をなるべく記録していくように」と伝える)。

ジャン・チェンが妻と話す場面で縦型の映像をふたつ並べたり、縦型と横型(スマホで会話する人物を別のカメラでとらえたもの)を組み合わせたりしながら、誰もが自分で映像を撮れる時代に“映画”はどのような映像を見せることができるのかという試みが続く。

やがて、後半へと進むにつれ、劇中のジャン・チェンが撮っていた映像のなかに「誰か」が撮ってネット上に上げた映像が混じってくる。

亡くなった母を乗せた車を見送る少女の慟哭、封鎖された武漢の街の大々的な消毒、SNSで警鐘を鳴らし処分を受けた医師の死を悼んで鳴り響くトランペットの響き、仮設病院に入院した患者たちを励ます防護服姿の医療従事者たち——。

既にどこかで見たかもしれない映像の数々だが、周到に作り上げられたフィクションのなかに置かれることによって文脈が生まれ、意味が立ち上がる。

先に引用した対談のなかでロウ・イエは「現実と映画が走っていくとき、現実のほうがずっと速く走って、映画を追い抜いていく」と語っている。

しかし、彼自身はむしろ、映画の真骨頂は現実に追い抜かれてからにこそあると、信じているのではないだろうか。

新型コロナウイルス感染症の拡大から約5年の時を経て届いた「未完成の映画」には、現実よりも“遅い”からこそ伝えられる意味や感情が詰まっている。

なるべく家に閉じこもり、やむなく外出した後にはかつてないほど丁寧に手を洗い、買ってきたものひとつずつをウエットティッシュで拭く。

昨日、会ったあの人から感染してしまったかもしれないと恐れる。

そんな、奇妙な不安のなかに放り込まれ、手探りで暮らしていた日々。

振り返ると「あんなに神経質になる必要はなかった」と「あれはあれで仕方なかったのだ」という思いが交差する。

暴力的とも思えるやり方で日常が制限されるなかで傷つけられたものや失われたものが確かにあり、私たちはそのことをすぐに忘れてしまうと、この映画を見て気づく。

<参考記事>
映画ナタリー 2024年12月1日
「ナミビアの砂漠」山中瑤子がもっとも敬愛する監督ロウ・イエと対談「本当にハッピー」


「未完成の映画」
監督:ロウ・イエ (婁燁)
脚本:ロウ・イエ(婁燁)&マー・インリー (馬英力)
プロデューサー:マー・インリー (馬英力)&フィリップ・ボバー
チン・ハオ、マオ・シャオルイ、チー・シー
2024年/107分/シンガポール、ドイツ
配給:アップリンク
© Essential Films & YingFilms Pte. Ltd.

5月2日(金)よりアップリンク吉祥寺、角川シネマ有楽町、池袋シネマ・ロサ、シネクイントにてロードショー


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作家主義 ロウ・イエ
定価:2,420円(本体:2,200円+税10%)
発行:A PEOPLE
販売:ライスプレス
発売中
*「未完成の映画」公開に合わせ、同作品のレビューを封入して公開劇場などで販売中


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