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review

ただ悪より救いたまえ

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相田冬二


情の物語と、アートな画面が、セパレートされず、
ぎゅっと手をつないでいる

情とアート。
一見、相入れないように思われる二つの要素が仲良くランデヴーしている。

情の中にアートがあり、アートのフォーム内で情が伸び伸びと呼吸している。
頼もしい監督だ。

情が牽引すると、ありがちなエンタテインメントに堕してしまう。
アートの方向に振り切ると、人間描写がやたらにクールなところに落ち着く。

そのような映画が多すぎる。
凡庸だ。

保守的な観客層によって、メジャー志向の独創性は押し潰されてきたように思う。
インディーズはマイノリティを描くべき、そんなつまらないカテゴライズもまた、映画ファンたちの思い込みによって醸成されてきたのではないか。

本作は、幾つかのジャンル映画のフォーマットを重ねあわせながら、しかし、マニアックな方向に向かわず、娯楽の王道を堂々と突き進む。

が、客に媚びる真似は一切しない。
手綱を決して緩めることなく、画面を構築していく。
そのありようは、芸術と呼ぶより他はない。

物語と画面が分離していない。
情の物語と、アートな画面が、セパレートされず、ぎゅっと手をつないでいる。
しかも、恋人つなぎ。

その存在を知らなかった自分の娘を救出に行く男を描く。
モチベーションがあるようで、ないようで、ただ行動する身体が、手探りの精神を、つかんで離さない。

主人公は、たぶん、自分が何をしているのか、何をしようとしているのか、わからない。

夢の中の綱渡りのように、彼は本能の確証も得られないまま、国境を超える旅に出る。

物理的な移動によって、内面の境界線を越境するかのように。

優れた芸術は、具象と抽象の仲が佳い。
本作もまさにそうで、具象と抽象が互いに遠慮せず、絶唱している。

崇高なデュエットを聴いているようだ。

主人公が、ついに邂逅した、その娘と、束の間、ふたりきりになる場面がある。
逃避行でもなく、雑踏の只中にいるわけでもなく、ふたりの人生の中で、唯一絶対の安全地帯のよう時間を、カメラは身じろぎもせず、じっと見つめる。

この屋内シークエンスは、美しさの極まった絵画であると同時に、たとえようのない情動が息づいており、それは、ただの演技でもなければ、ただの映像でもなかった。

溶け合うのではない。
別個の存在が、恋人つなぎをしている。

失声している少女と、寡黙な主人公が、この世界でもっとも安全な時空で、こころの尻尾をふいに接触させたかのようなときめきは、眩暈なしではいられない。


「ただ悪より救いたまえ」

監督・脚本:ホン・ウォンチャン
出演:ファン・ジョンミン/イ・ジョンジェ/パク・ジョンミン/白竜
2020年/108分/韓国
原題:Deliver Us from Evil
配給:ツイン

12月24日(土)よりシネマート新宿、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国公開


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