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相田冬二
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星川洋助
私の頭の中にある潜在意識に、
自分でもわからないうちに動かされた結果だと思います
あのビー・ガンが“傑出した処女作”と絶賛。中国で150万人動員の大ヒットとなった「宇宙探索編集部」は、北京電影学院の卒業制作としてスタートしたとは到底思えない、フレンドリーでオリジナリティ溢れる逸品。長編第一作を破格の大成功で飾ったコン・ダーシャンに訊いた。
――いきなりですが、漫画はお好きですか。
「小さい頃は日本のアニメばかり観ていましたよ。『ドラゴンボール』や『スラムダンク』を。漫画だと最近、松本大洋の『竹光侍』(2006〜2010年連載の時代劇漫画)を読みました。あの画風が大好きです」
――全5章形式の「宇宙探索編集部」は、長期連載の漫画に似たものがあると感じました。長期連載の漫画はあらゆる要素が変化していくものですが、あなたの映画も章ごとに進化=深化していく。長期にわたる作品特有の変容がわずか118分のうちに内在しています。
「映画には100年以上の歴史があり、市場も決まっています。そうなると当然、作り方も決まってしまう。どんなに長い物語でも、基本的には決まった時間内で語り尽くさなければいけない規定があります。アニメや漫画、TVドラマは尺の長い連続性を生きることができますが、映画はそうはいかない。北京電影学院で勉強している頃よく言われたのは『とにかく100分ぐらいで、全て描きなさい』でした」
――あなたの映画には、決まりきったフォーマットではなく、映画がどこに向かっているのかわからなくなる愉悦がありました。しかし、最終的には大団円と言っていいエモーショナルなエンディングに辿り着く。観客の興味の方向をどのようにコントロールしようと思いましたか。
「長い話になりますよ(笑)。これは、私がコントロールするというよりも、私の頭の中にある潜在意識に、自分でもわからないうちに動かされた結果だと思います。キャラクター、性格、美意識……全ては潜在意識に動かされていると、私は見ています。私は、ADHD(注意欠如・多動症)の傾向があり、物事に対してなかなか我慢できないし、集中できないんです。深刻な症状ではないんですけどね。だから普段から、つまらない映画は我慢できない!観ない!観たくない!となる(笑)。いろいろな刺激を与えてくれる作品が観たい。これは生理的なこと。『宇宙探索編集部』も観客に刺激を与えるものになっていないと、もう我慢できない!と(笑)」
――つまり、あなたは自分を飽きさせないようにしないといけないんですね。
「ええ、まさに」
――一つのトーンで旅が進んでいくような映画だと退屈してしまいますね。
「もう我慢できない!(笑)ただ、刺激があると言っても、きらびやかでテンポが速い映画が良い作品だとは思いません。たとえば是枝裕和監督の『歩いても歩いても』は全体的にテンポが緩やかで、ゆっくりですが、観ていくうちに、そこに含まれている人間の情感や感情から非常に豊かで力強いものを感じ取れる。そのような映画は、全く退屈しません」
――あなたの映画は、作品そのものが伸縮し、呼吸しています。生き物のように。膨らんだり、縮んだり、転がったり、ぐちゃぐちゃになりながら、進んでいく。その様が痛快なのです。
「そこを感じ取っていただけると監督としてはうれしいですね」
――しかも外側に向かっていくのではなく、内側に向かっていく。インナースペースの物語。出来事より、内面で何が起きているか。その方が面白いのではないかと気づかされる。それはキャラクターたちが魅力的だからです。特に、UFO雑誌『宇宙探索』を率いる主人公タン・ジージュンが素晴らしい。宇宙人の実存を信じる彼のキャラクター造型は見事です。
自分の興味のあることに関しては饒舌なのに、自分自身のことはほとんど話さない。だから、彼に興味を抱くのです。
「おそらく私が育った環境と関係があるかもしれません。家族も含め、周りの人に教師が多かった。住んでいたアパートの住人は全員、学校の先生でした。タン・ジージュンのようなおじさんがたくさんいました。文人としての矜持があり、教養もあり、穏やかで、生活は内向的。あまり自分のことは語らない。話すとなると、自分の専門、学術ばかり。自分の日常生活に何の関心もない。自分の関心のある分野に酔っているような人たちばかりでした」
――あなたの映画にある愛情や憧憬は、何かを信じる人へのリスペクトが根底にあると感じます。何かを信じずにはいられない人たちへの想いがあるのではないですか。
「彼らは社会においては成功しているとは言えない……失敗者ですよね。その人たちが集まって同盟を結成したら、と考えた。この人たちを描くことで世の中の、ある種の連帯感も知ることができたら、と。暮らしも思い通りにはいかないけれど、自分が信じることも、自分の好みも、全部、自分の信仰ですからね」
――旅の途中、タン・ジージュンは宇宙人の死体を見るために大金を使います。同行者に強く止められながらも。楽しくチャーミングに描いていますが、誰もが自分の興味のあることに対してはあのようなことをしてしまうのではないかと思わされました。
「みんな、似たような行動を選ぶと思いますよ。もし万が一、本物だったら、どうしよう……まあ、いいか。そういう心理ですよね。私たちもやるかもしれません」
――映画を観るという行為も、それに近い側面があります。自分がどんな映画を観ることになるかわからないけど、凄く面白いかもしれない。そんな期待と共に観るわけです。
「このまとめは素晴らしい(笑)」
――この映画は想像を超えた大当たりでした。
「では私は詐欺ははたらかなかったということで(笑)」
――「次回作は考えていない」とのインタビュー発言に驚きました。そんな映画作家はなかなかいませんよ。やり切った、ということですか。それとも映画以外への興味が?
「この映画の主人公と同じように、私は目的を達成してしまった。日常生活に戻った時、追い求める目標がなくなるわけですよ。次は何を探し求めていこうか。今はそんな気持ちです。自分がどうしても撮りたかった作品がもう撮れた。じゃあ、次はどうしよう……」
――それは少しさみしい感じですか。
「そうですね……これは時の問題かもしれません。きっとまた撮るとは思うんですけど……いまは仕方がない。気にしない(笑)」
――こうして自作について語ることは、あなたにとって刺激になりますか?
「とても緊張してしまいます。実はもの凄く口ベタで、言葉を用いて表現する能力が非常に低い。文字や言葉は限られている。私が語りたいことは全部、映画の中に盛り込んでいます。完成した作品についての監督のコメントが間違っていることもあると思うんですよ……私がコメントするより、みなさんが作品を観て何を感じるか。いちばん訊かれたくない質問は『監督、あなたのこの映画のテーマは?』。これには困ってしまいます。一言で語り尽くすことができるなら、わざわざ映画を撮る必要はありません」
――でも、よく訊かれるでしょ。
「どこに行っても、常に訊かれます(笑)」
――あなたが最初に言ってくれた「自分は落ち着きがないのだ」というお話は、とてもうれしかったです。この映画を作った人にちゃんと逢えた、と思いました。
「ありがとう」
――自分という人間が、この映画に反映されていると思いますか。
「たとえばハリウッドのようにパターン化された商業映画は、一つのモデルになっています。映画としてはそれでいいのですが、観ていて、監督はどこにいるの? 監督の存在を感じることがなかなかできない。『宇宙探索編集部』には、監督の好き嫌いがよく表れていると思います。それを見たり感じたりできれば、本当は本人とおしゃべりする必要はないかもしれません。その監督のことを前から知っているような気がすることありませんか? 知り合いだった? みたいな。そうなるともう話す必要もない。(共同脚本家であり、キーパーソンを演じた)ワン・イートンも最初は知り合いではなかった。彼の作品を観て、この人とはきっと親友になれる、と思った。それで連絡を取り合って、今回一緒に仕事をすることになりました。そういうことかな、と思っています」
――監督の存在が身近に感じられる作品でしたよ。映画のすぐそばに、あなたが居るような。
「この映画を通して、自分の、精神的世界の部分、人格的な部分を顕在化できると思っていました。顕在化することで、自分がどういう監督なのかも感じ取ってもらえるのでは、と。映画を制作するということは、人間の意識そのものが昇華することだと考えています。
僕はいつか死ぬ訳ですが、作品は残って、作品の中の僕はたぶんずっと生きている。
何億年後かに地球も人類も消滅し、一つのデータボックスの中にあらゆる映画が収録されているとする。宇宙人が、その中から一本の映画を見つけ出す。“ああ、こいつは、こういう若造だな。こいつの考えてることは、だいたいこういうことだろ”と、宇宙人にもわかってもらえると思っています」
――ありがとうございます。素晴らしいまとめでした(笑)
「宇宙探索編集部」
宇宙探索編集部
監督:コン・ダーシャン
出演:ヤン・ハオユー/アイ・リーヤー/ワン・イートン
原題:宇宙探索編輯部 英語題:Journey to the West
2021年/中国映画/118分
配給:ムヴィオラ
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10月13日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開