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相田冬二
ラストレターの姉として
セルフリメイクという言い方は正しくない。
撮影は「チィファの手紙」が先だし、中国での公開も先行している。
つまり「チィファの手紙」は「ラストレター」の<姉>。
岩井映画はもともとアジアの人々に愛されている。
だが、今回は「ラストレター」を中国公開するのではなく、オール中国人キャストによる中国映画として製作するプロジェクト。
そのために盟友ピーター・チャンをプロデューサーに招いた。
主演はピーターの「ウィンター・ソング」にも出演しているジョウ・シュン。
中国四大女優のひとりである。
まず、わたしたちは素朴な感慨にひたることになるだろう。
中国の演じ手たちが岩井美学を体現するとこうなるのか、と。
岩井俊二は語る。
「僕の勝手なイメージかもしれませんが、向こうの俳優さんは〈自分の音色〉みたいなものをちゃんと自覚していて、それを出してくることができる。
役柄のそのときの感情だけでなく、プラスアルファのものを感じます」
ロウ・イエ組のチン・ハオをはじめ、10代の注目株にいたるまで、錚々たる面々が顔を揃えている。
そのひとりにフー・ゴーがいる。
「ラストレター」では豊川悦司が扮したラスボス的なキャラクターを妙演した。
同時期に、「薄氷の殺人」のディアオ・イーナン監督による主演作「鵞鳥湖の夜」が日本公開されるこの俳優について、岩井はチャーミングなエピソードを教えてくれた。
「フー・ゴーさんはすごくピュアな方なんです。
かなり長台詞のシーンでしたが、納得するまで演じたいタイプのようでした。
何テイクも撮りましたが、こちらからOKが出てもまだ演じたりないみたいで(笑)。
そのあと、自分のホテルに戻って部屋でスマホで撮って「観てほしい」と送ってくれました。
もちろん「これを使ってほしい」というわけではなくて、僕に「伝えたい」。
その想いはほんとうにピュアで、まるで手紙のようでした。
これまで、あんなことをしてくれた役者さんは、彼ひとり。
撮影が終わったら終わり、ではなく、そこに線引きがないのが素敵だし、忘れられない想い出になりました」
日本人への演出との違いは感じなかったという。
「うっかり日本語で話しかけちゃうくらい(笑)体感は違わなくて。
女優さんは女優さんで、男優さんは男優さんで、どの国でも同じような感じだなって。
ただ、現場では誰もしゃべってないんですよね。
しーんとしている、私語を話す人がいなかった。
中国は大家族制なので、スタッフの数もかなり多いのに、とにかく静か。
そこは日本とだいぶ違うところで、日本も見習ってほしいですね(笑)。
そもそも初対面同士もあまりしゃべらないみたいで、「おしゃべりしない文化」があるのも意外なところでした。
ひとりごとを言う習慣もないそうで、劇中ではひとりごとを言うシーンがNGでした」
だが、印象は大きく異なる。
文芸映画の匂いがあり、女性映画の趣もある。
「ラストレター」がどこか小気味よく、お転婆娘のニュアンスに満ちているのとは対照的に、「チィファの手紙」はひっそりと奥ゆかしく、しっとり大らかな撫子のムードがある。
この〈姉妹〉は血縁関係があるとはいえ、別なルックスで別な性格の女の子たちと考えたほうがいい。
だからこそ、共通するショットに惹きつけられ、そこに象徴を見いだしたくなる。
序盤を印象づける、町を俯瞰する映像の導入である。
これは、これまでの岩井映画にはなかった視点だ。
「チィファの手紙」にも「ラストレター」にもそれがある。
地図のように簡素な構図だが、真上からのまなざしがなんとも言えない慈しみを感じさせる。
物語との距離感、キャラクターたちとのディスタンスに、岩井ならではの硬軟いずれにも属さない語り口が見え隠れする。
批評と情感がすみやかに寄り添うありようは、落語に入る前に「まくら」を披露する噺家のようにクレバーで優しい。
「いままでは、上から撮る画といえば、大型クレーンを用意するか、ヘリコプターをチャーターするか、非常に大がかりな方法しかなかったが、ドローンというものができて大きく変わった。
実際に使って、その画を撮ってみると、自分の作っているものに合うんだな、と実感しましたね。
「ラストレター」まではシーンに必要なものとして撮っていて、そこまでは感じていませんでしたが、むしろ最近よく思うようになりました。
そういうショットがあってもなくても、自分はこういうものを描いているのかなと。
すごく馴染みがよくて、自分自身、面白く感じています」
今年、YouTubeで連日配信された後、ボリュームアップした劇場版が映画館でもオンラインでも公開された岩井の最新作「8日で死んだ怪獣の12日の物語」には、東京の大通りや路地を俯瞰しながら移動していくショットが随所に挿入されている。
「チィファの手紙」や「ラストレター」では冒頭の象徴的な「まくら」だったものが、そこでは伴走者として同行し、作品全体のリズムを奏でるまでに進化している。
そして、この俯瞰目線は作者自身が語るように、岩井作品と親和性が高い。
その撮影上の出発点が「チィファの手紙」だったことは今後、さらに重要なことになっていくだろう。
そもそも近作「リップヴァンウィンクルの花嫁」の登場が物語っていたのは、岩井俊二はいまもなお進化の途中過程にいるということだった。
あらためて「チィファの手紙」を振り返ってもらうと、現在進行形の作家としての切実な想いがこぼれ落ちた。
「撮影日数も長かったし、自由度もあって、好きに撮らせてもらっていた。
いま思い返すと、そこにいろいろな試行錯誤があった。
本編で使う、使わないはともかく、回想シーンも含めて、ひとまず全部撮ってみる、ということができました。
あとで考えられるということで、安心できました。
自分の創作スタイルにも関わることですが、常に未熟でありたい。
これくらい長くやっていると、ほんとうは作り方が固まってくるだろうし、なんなら、映像の学校の先生もやれる年齢にはなってしまった。
ただ、自分としては、まだまだ人に教えられる水準ではなくて、何も見えていない。
何ひとつ、自信を持って言えることはない。
学生のときに四苦八苦しながら映画を作っていた頃と、あんまり変わらない。
たぶん、自分の中で、あえて〈ぬかるみ〉のあたりを歩き続けているんだと思う。
固まった地盤のところにあんまり関心がなくて。
ここ、どうなっているんだろう? というところに踏み入って、分け入って、手探りで創作活動に向かい合うのがきっと好きなんです。
できるだけ物事を断定調でしゃべることを避けてるし、演出はこういうものなんだ的な言葉遣いを忌み嫌っている。
まあ、ふわふわしてますね(笑)。
自分の中で言い切れるところはお終いにして、前へ前へ。
見知らぬどこかへ。
その限りにおいては、無限の中にはいる」
一貫してオリジナル脚本で作品を創り続ける堂々たる映画作家でありながら、その歩みは常に更新と共にある。
「チィファの手紙」もまた、その新しい第一歩でしかない。
© Munehiro Saito
「チィファの手紙」
原作・脚本・監督:岩井俊二
プロデュース:ピーター・チャン/岩井俊二
音楽:岩井俊二/ikire
出演:ジョウ・シュン/チン・ハオ/ドゥー・ジアン
/チャン・ツィフォン/ダン・アンシー/タン・ジュオ/フー・ゴー
2018年製作/113分/中国
原題:「你好、之華」
配給:クロックワークス
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9月11日(金)より 新宿バルト9他 全国ロードショー