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光瀬憲子
「台北暮色」「アメリカから来た少女」
「あなたを、想う。」台湾への映画の旅
「台北暮色」
街の灯がポツポツと浮かび上がる時間帯。頬のこけた青年フォン(クー・ユールン)がエンストした車を押している。
背景は人影もまばらな台北郊外の歩道。工事中のフェンスや、放射線状にカラフルに光る檳榔(ビンロウ)の看板が、にじむような明るさで胸に迫ってくる。
「台北暮色」はそのタイトルどおり、日暮れ間近のぼんやりとした空の色に似て、会話や風景におっとりとした優しさが感じられる作品だ。
一度は台北を訪れたことがある人なら、どこか懐かしい風景やまとわりつく湿気、夕暮れどきの風の匂いなどを思い出すだろう。旅をするように、いや、台北で暮らすように物語の中に溶け込める、そんなシーンの連続だ。
流暢な英語を話すシュー(リマ・ジタン)のもとには、「ジョニーはいますか?」という電話が繰り返しかかってくる。
便利屋のフォンはいつも車で移動しているが、彼が車中で暮らしているということは映画を観る者にはわかりづらい。もう1人の登場人物リー(ホアン・ユエン)はなぜ新聞の切り抜きを集めているのか、その理由もずっと後になって明かされる。
台湾らしい風景で埋め尽くされた物語は、少し言葉足らずにも感じられるが、徐々に明らかになる彼らの過去や思いが、パズルのピースのように風景の隙間にちょうどよくはまっていく。
主人公たちがすれちがうのはMRTの古亭駅。ここは中正記念堂から近く、一方で台湾大学や師範大学からもアクセスがいいエリアだ。台北市内ならどこにでもあるような古びた鉄格子窓のマンション、狭い路地裏にずらりと駐車されたオートバイ……。けれど古亭のそれは、ところどころに茂る緑がさわやかさを添え、心地よい風が吹いてくるようだ。
「アメリカから来た少女」
「台北暮色」が台北で暮らす人々とその背景をスタイリッシュに描いているのに対し、「アメリカから来た少女」はもう少しリアルに台湾の人々の生活感を伝えている。
旅行者はあまり目にすることのない、ごく普通の台湾人家庭。普段着の台湾人。彼らの価値観。そんな台湾の内側が見えてくる。
アメリカ帰りの少女ファンイー(ケイトリン・ファン)の一家が暮らすのは台北の南、新北市新店区のありふれた集合住宅。1階の入口に大きな銀色の扉、エレベーターはなく、階段で各階までのぼる。
玄関を開けると、そこはベランダになっていて、大きな掃き出し窓からリビングに上がるスタイルだ。窓には鉄格子がかかり、その隙間からは路地裏や向かいの、やはり同じような住宅が見える。
私が台北で借りていたマンションも同じような間取りだった。夜、「乙女の祈り」を鳴らしながら決まった時間に通るゴミ収集車。そこにゴミ袋を投げ入れる住民たち。どれもごく普通の台湾の暮らしだが、ファンイーはなかなか馴染むことができない。
多くの台湾人は欧米に対する強いあこがれを持っている。この映画の父親は妻と娘たちをアメリカに送り出し、自分は台湾や中国本土で必死に働いているが、私はそんな家族を現実にいくつも目にしてきた。そんな台湾人移民や2世の葛藤を、ファンイーの家庭や学校の日常の中に見ることができる。
「あなたを、想う。」
同じく家族の葛藤を取り上げたのが『あなたを、想う。』。こちらは台湾南部の東側、台東の海の青さと、首都・台北の冷たいコンクリートのコントラストが鮮明な映画だ。
「台北暮色」でフォンを演じたクー・ユールンが台東の田舎町で実直に生きる青年ユーナンをじている。台東から33キロほどの沖合に浮かぶ緑島で主人公の両親が営む食堂は、なじみ客が麺を食べながら冗談を言い合うような素朴な店。今でも台湾の地方都市へ行くとよく見かける。
ユーナンが嵐の夜に足止めをくう台北のバーは、台北の林森北路に実在する「藤」という日本人オーナーの店。かつて台北に暮らしていた頃、私も前を通りかかったが「会員制」という看板にひるんで敷居をまたげなかった。しかし、実のところは誰でも入れる気さくなバーなのだとか。ユーナンが不思議な一夜を明かしたように、訪れてみれば思いがけない旅の思い出が作れるかもしれない。
特集上映「アジアシネマ的感性」
開催日:8月23日(金)〜9月5日(木)
会場:シモキタ エキマエ シネマ K2
上映スケジュールはK2のHPを参照
「台北暮色」
監督・脚本:ホアン・シー
(2017年/107分/台湾)
製作総指揮のホウ・シャオシェンに「エドワード・ヤンの遺伝子」と言わしめた一作。
© 3H Productions Ltd
「あなたを、想う。」
監督:シルヴィア・チャン
(2015年/119分/台湾・香港合作)
© Dream Creek Production Co. Ltd./ Red On Red
8月30日(金)18:00の回、上映後に小橋めぐみ(女優・文筆家)のトーク・ライブあり
「アメリカから来た少女」
監督・脚本:ロアン・フォンイー
(2021年/101分/台湾)
© Splash Pictures Inc., Media Asia Film Production Ltd., JVR Music International Ltd., G.H.Y. Culture & Media (Singapore).
8月31日(土)18:00の回、上映後に小橋めぐみ(女優・文筆家)のトーク・ライブあり