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佐藤結
韓国、中国、台湾の監督たちが手がけた
11本の秀作を集めた特集上映
アジア、特に東アジアを舞台にした映画を見ると、「映画が描いている年に私はなにをしていただろう」と考えてしまうことがある。アメリカやヨーロッパで作られた映画では、あまりそんなことはないのに、と不思議に思う。
どこかで見たような顔つきをした人たちが出てくるからだろうか。あるいは距離的に近く、歴史的にも深い関係のある国々だからだろうか。もちろん、1本1本の映画はそれぞれまったく違うものなので、ひとくくりに“アジア”とまとめてしまうのは少し乱暴かもしれない。しかし、それでもなお、アジアの映画たちは、緩やかなつながりを感じさせながら、私たちの前に現れる。
韓国、中国、台湾の監督たちが手がけた11本の秀作を集めた特集上映「アジアシネマ的感性」が8月23日から9月5日まで東京・下北沢のK2にて行われる。韓国からは、世代の違う4人の監督の作品が揃った。
最も若く、唯一の女性であるキム・ボラ監督のデビュー作「はちどり」(18)は、14歳の少女の日常を精密に描き出す。主人公は1994年のソウルに住む中学2年生のウニ。両親と姉、兄と一緒に暮らす団地の部屋は、高校受験を控える兄ばかりを優遇する高圧的な父の振る舞いゆえにいつも緊張感が漂っている。ウニは受験一色の学校にも馴染めず、ボーイフレンドと会うことや、親友と漢文塾に通うことをわずかな楽しみにして暮らしている。そんなある日、大学を休学中のヨンジが新しく塾の講師となったことで彼女の日常が変わりはじめる。
81年生まれの監督自身の経験がベースにあるこの作品からは、父や兄に対する恐怖、母への甘え、親友との信頼、後輩の前で見せる傲慢など、“ごく普通”に見える少女の中にある多面性が感じられる。韓国では2016年から18年にかけて、それまでなかなか問題視されてこなかった女性に対する様々な暴力が可視化される出来事が相次ぎ、そうした社会の変化を反映した映画やドラマ、小説などが次々と発表されるようになった。
「はちどり」もそのうちの1本で、私がキム・ボラ監督にインタビューをした際にも「韓国では、特に女性観客がこの作品を気に入ってくれました。日常の中にある、小さく見えて実は大きな意味を持つ暴力を見せたところに、その理由のひとつがあったと思います」と語っていたのが印象的だった。
また、ウニを中心に「家父長制という枠の中で生きることの困難」を示すだけでなく、ソウルの真ん中を流れる漢江にかかる聖水大橋の崩落事故という象徴的な出来事を登場させ、韓国にとって90年代がどんな時代であったかを見せるのも興味深い。急速な経済成長が生み出す歪みや受験戦争が人々にどれだけ大きな影響を及ぼしていたのかがわかる。
そのほかの韓国作品は、デビュー以来、驚くほどのペースで映画を作り続けているホン・サンス監督の初期作にして、作家としての原点ともいえる「カンウォンドのチカラ」(98)、「オー!スジョン」(00)、パク・チャヌク監督がこれまで培ったテクニックをすべて注ぎ込んで作り出した、めくるめくラブストーリー「別れる決心」(22)が上映される。
さらに、韓国と日本、韓国と中国というふたつの国の“あいだ”で作られた作品もある。奈良で撮影された「ひと夏のファンタジア」(14)は、ドラマ「怪異」(22)やベストセラーの映画化「韓国が嫌いで」(24/未)など、話題作の続くチャン・ゴンジェ監督がふたつの国の俳優たちと完成させた。
また、「慶州(キョンジュ) ヒョンとユニ」(14)は朝鮮族として中国に生まれ、中国と韓国を行き来しながら映画作りを続けているチャン・リュル監督の作品。韓国人の主人公と日本人観光客とのやりとりの中で両国の歴史がさりげなく登場し、それを少し離れたところから眺める監督の視線が感じられる。
中国映画は、歴史的事件の裏で、欲望に忠実に生きる若者たちの姿を生々しく見せるロウ・イエ監督の傑作「天安門、恋人たち」(06)とドキュメンタリー映画という枠組みを更新し続けるワン・ビン監督の「苦い銭」(16)の2本。
台湾からは俳優としても活躍するシルビア・チャンが日本の俳優・蔭山征彦の脚本をもとに監督した「あなたを、想う。」(15)、都会に暮らす男女の日常を至近距離から見つめた「台北暮色」(17)、重症急性呼吸器症候群(SERS)が猛威をふるいっていた2003年、アメリカから帰国後、台湾での生活になかなか慣れることができない13歳の少女の毎日を描く「アメリカから来た少女」(21)が上映される。
同じ時代を生きてきた(生きている)人々が見せる美しく切実な姿を、ぜひスクリーンで堪能してほしい。
特集上映「アジアシネマ的感性」
開催日:8月23日(金)〜9月5日(木)
会場:シモキタ エキマエ シネマ K2
上映スケジュールはK2のHPを参照
はちどり
監督:キム・ボラ
(2018年/138分/韓国・アメリカ)
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8月23日(金)18:20の回、上映後に佐藤結のトーク・ライブあり
下北沢×映画×本
「本屋B&B」で小橋めぐみがトークイベント
文筆家で女優の小橋めぐみが執筆した書籍「アジアシネマ的感性」が発売中。発刊を記念し、 8月24日(土)、下北沢の「本屋B&B」で小橋めぐみのトークイベントが行われる。MCは映画評論家の佐藤結。
小橋めぐみ×佐藤結
「アジアのこと。映画のこと。私のこと。」
『アジアシネマ的感性』(A PEOPLE)刊行記念
開催日:8月24日(土)
会場:本屋B&B
開演:19:00
詳細・チケットはこちら