今年に入って「愛の不時着」や「梨泰院クラス」などで初めて韓国ドラマに触れた人が増えたのに伴い、過去のドラマにも注目が集まっている。これら過去作を振り返ってみて驚くのは、そこに出演していたスターたちが今も第一線で活躍しているということ。例えば「〜不時着」には北朝鮮兵士が2003年の「天国の階段」に夢中になっているという描写が登場するが、このドラマで主人公を演じていたクォン・サンウはまさしくそうしたスターの一人だ。近年は映画での活躍が目立っている。
人によっては映画俳優としての彼に対する認識は低いようだが、作品数はドラマよりも映画のほうが多い。2001年にデビューして約20年、常にドラマと映画にバランスよく出演しながらキャリアを重ねてきた。最近はドラマ「推理の女王」がシーズン2まで作られる人気作となり、映画「探偵なふたり」もシリーズ化されてヒット。これらはいずれもクォン・サンウのコミカルな魅力が光る作品だ。初期の「同い年の家庭教師」(03)や「マルチュク青春通り」「恋する神父」(04)などの映画にも、彼本来の持ち味が活かされている。
いくつになっても子供っぽいやんちゃな一面がファンを魅了する一方で、「悲しみよりもっと悲しい物語」(09)や「戦火の中へ」(10)、「痛み」(11)のように、笑いの要素の全くないシリアスな作品で見せるストイックな雰囲気も人気が高い。そんなクォン・サンウの魅力を全開させたのが、賭け碁の世界に身を投じた孤独な男の壮絶な戦いと復讐を描いた映画「鬼手」だ。彼の最初の登場シーン、逆さまに足からぶら下がった体勢で上体を起こして腹筋を鍛えながら一人黙々と石を打つ、鬼気迫る姿にまず息を呑む。鋼のようなシックスパックはCGではないかとまで言われたが、それは3ヶ月にわたるハードなアクショントレーニングに加え、このシーンの撮影前は水も口にしなかったというほどの努力の賜物だ。
以前インタビューした際、作品で腹筋を見せることについて「ファンの方々の期待があるようで、そうしたシーンがいつも入っているんです。俳優としてはきちんと準備して鍛えた体を見せたいんですが、なかなか難しい場合もありますね」と悩ましい思いを語っていた。それだけに、しっかり鍛錬を積んで臨めた今作には大いに満足しているという。この8月で44歳を迎えたが、確かに年齢を感じさせるどころか、彼の代名詞とも言える肉体美には一段と磨きがかかっている。
研ぎ澄まされたその体は、大きな見せ場となるアクションシーンでより真価を発揮する。何度となく身の危険にさらされる主人公グィスは、夜の路地裏、公衆トイレ、廃工場と、場所や相手によって戦い方を変えながら、体を張って敵に立ち向かう。中でも、碁石を武器として使った場末のトイレでの立ち回りは、アクションの上手い俳優として定評のあるクォン・サンウならでは。超人的に強いわけではないグィスが、傷つき痛手を負いながら泥臭くしぶとく戦う姿がよく似合う。
そうした姿を通して再認識したのは、彼の抜きん出たスター性だ。開巻からしばらくはグィスの少年時代の描写が続く。理不尽な出来事によって姉を失い、上京後に出会った師匠ホ・イルドの下、山寺で修行を積んで囲碁の才能を開花させるが、対戦相手から襲われてイルドは命を落としてしまう。ここまで、つまり大人になったグィスが前述のシーンで登場するまで、実に30分近く経過している。イルドが少年グィスに与える苛酷な試練、二人が組んで行う対戦、師匠の弟子への思いなど、それまでの話も十分見応えはあり、プロローグというにはもったいない。にもかかわらず、クォン・サンウが現れただけで一瞬にして映画は彼を中心に新たに大きく動き始める。
グィスはその後トン先生と呼ばれる事情通の仲介人をパートナーに、全国を渡り歩いて次々と強敵を倒していく。敵を演じる俳優たちはアクの強い個性派揃い。彼らとの緊張感に満ちた対局は、よくぞこんなことを考えたと唸らされるような奇想天外な状況で行われる。悪役演技に定評のあるホ・ソンテ演じる“釜山の雑草”との列車が迫り来る鉄橋の上での対戦、「梨泰院クラス」で印象的な悪役を演じたウォン・ヒョンジュン扮する“長城の占い師”との片腕を賭けた透明な碁石を使った神経戦、次世代スターとして注目されるウ・ドファン演じる“ウェトリ”がグィスに恨みを抱いて仕掛ける勝負は、いずれも緊張感溢れる大きな見どころだ。本来であれば動きがない囲碁の対局とアクションシーンを見事に融合させた監督の発想と手腕に感心する。と同時に、彼らクセ者の脇役に喰われることなく、作品を牽引するクォン・サンウの存在感が並々ならぬことを実感する。
ラスト近く、血と汗にまみれた戦いの後、それまでの暗いトーンの衣装から一転、白いスーツに身を包んで姉の命を奪った相手との対決に臨むグィスの姿がまぶしい。全編を通してセリフはほとんどなく、わずかな表情によってグィスの心の奥底にある怒りや悲しみ、復讐への思いを滲ませるクォン・サンウの繊細な演技が心に残る。いくつになっても、どんなキャラクターを演じても、ナイーブな面が失われないのが彼の美点でもある。実は彼の登場シーンは106分の映画の中で60分程度。それでも、その輝きは圧倒的で目が離せない。スターの凄みというものを見せつけられた思いになる。これを機に映画俳優クォン・サンウをより多くの人に見てもらいたい。
Written by : 小田 香
「鬼手(キシュ)」
監督:リ・ゴン
出演:クォン・サンウ/キム・ヒウォン/キム・ソンギュン/ホ・ソンテ/ウ・ドファン
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8月7日(金)シネマート新宿ほか全国順次ロードショー