抒情の天才。本作の監督チャン・リュルはそう呼ぶより他はない。全盛期の岩井俊二を凌駕する的確さ。黎明期の山下敦弘を包容する夢の感覚。グループ・トークを捉える柔軟性はホン・サンスに負けず劣らず。それらが軟着陸することで映画だけが醸成する抒情が浮かびあがる。
全篇モノクローム。とはいえアートな気どりは漂わず。水墨画ではなく水彩画のざらついたアクセントが観る者の記憶にしまいこまれていた大切な何かに触れてくる。枯れているのではない。淡いのだ。淡い愛撫のデリカシーこそがこの監督のオリジナリティである。
心身ともに不自由な父親を介護している女性がいる。彼女は居酒屋の主人である。彼女を姫のように慕う三銃士がいる。ひとりはチンピラ。ひとりは北朝鮮出身。ひとりは癲癇持ちでときどきぶっ倒れる。アウトサイドを歩く者たちの友情とも恋愛とも異なる「つるむ青春」の終わらないはずの夕暮れが見つめられていく。
まずタイトルが出るまでの呼吸が素晴らしい。屋上でくるくるとヒロインの周りをカメラがまわる。そうして気がつくと一緒にいたはずの3人の男たちはもういない。夢なのか。夢だから儚いのか。夢に似ているから儚いのか。日常と心象がランデヴーすることで初めて育まれる刹那。いつだって大切な時間はこんなふうに通り過ぎてきたことをわたしたちは思い起こす。この感覚が映画の最後まで持続する。
三銃士を演じているのはいずれも映画監督。やんちゃなヤン・イクチュン。生真面目なパク・ジョンボム。木偶の坊なユン・ジョンビン。いずれもが愛おしい。そして姫を体現するハン・イェリが切なさを喚起する豊かな身体表現で作品を牽引する。いつまでも終わらないでほしい。そう祈らずにはいられない。時間を見つめる映画ならではの愉悦がここだけの輝きを見せている。
Written by:相田冬二
「春の夢」
監督:チャン・リュル
出演:ハン・イェリ/ヤン・イクチュン/ユン・ジョンビン
発売元:中央映画貿易、販売元:オデッサ・エンタテインメント
定価:3,800円(税抜) 発売中
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