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小橋めぐみ
ああ、こういう恋愛映画を
ずっと観たかったんだ
最近の私は、あまり恋愛映画を好んでは観なくて、それよりも、最後は、自分の人生を一人で歩いていく道を見つけるような、そんな映画が好きだ。
恋愛映画で、ほろ苦い終わり方をすると、観終わった後も気持ちが沈んでしまうし、反対に幸せいっぱいで終わると、少し置いて行かれたような気持ちになる。(だんだん書いていて自分の問題なんじゃないか?と思ってきたが)
そんな捻くれ気味の私が、今まで観た中で一番好きな恋愛映画を今聞かれたら、真っ先に、「別れる決心」を挙げる。
エンドロールが流れる中、「ああ、こういう恋愛映画をずっと観たかったんだ」と思いながら、決壊しそうな感情をどうにか押さえ込んでいた。
主人公は、単身赴任中の刑事ヘジュン(パク・ヘイル)。
生真面目で熱心な性格の彼は、自分の部屋の壁一面に未解決事件の写真を貼り、不眠症に苦しみながらも、日々、解決に向けて奮闘している。
ある日、60代の男が崖から落ちて亡くなった現場に立ち合う。
事故か、事件か分からないまま、被害者の男の妻ソレ(タン・ウェイ)が、遺体確認にやってくる。
ソレは、夫よりもずっと年下の、美しく、ミステリアスな中国人だった。
「中国人だから韓国語が苦手です」と言うソレだが、夫が亡くなったことに対して動揺することもなく、冷静に韓国語で言う「夫が山に行ったきり帰ってこないので、心配していた。ついに死んだのかと」。
年下の美しき中国人妻の身体には、夫から受けたひどい暴力の跡がはっきりと残っていたこともあり、ヘジュンは疑いを強める。
ソレが、夫を殺したのかと。
彼は取り調べと彼女の監視を続けるのだが、いつしかその監視の目は、容疑者を見つめるものではなく、心惹かれる存在として見つめていることに気づく。
またソレも、紳士的に接するヘジュンに対して特別な感情を抱き始めていた。
やがて、捜査の糸口が見つかり、事件は、ソレの夫の自殺として解決する。
“刑事と容疑者”の関係から解き放たれた二人は、少しずつ距離を縮めていく。
しかし、事件は解決するかに見えたが、二人はとある出来事がきっかけで別れる。
月日が経ち、二人は霧が立ち込めることで有名な都市で偶然再会するのだが、その時、 ヘジュンには妻が、ソレには、アナリストをしているという新しい夫がいる。
ヘジュンとソレの視線は気まずく交差するだけで終わるのだが、翌日、ソレの夫が死体となって発見される。
第一発見者は妻、ソレ。
再び“刑事と容疑者”となった二人の想いと疑惑は、加速していく。
映画の冒頭、真っ暗な画面から大きなピストル音が二発。胸にズドンと響いてくる。
ヘジュンと後輩刑事の射撃訓練の音なのだが、誰も殺さないけれど、音だけで緊張感を持たせるようなこの始まりによって、一気に映画の世界に没入した。
「別れる決心」には、“新鮮な意外性”を感じることが何度もあった。
一つは、スマホなどのデジタル機器が、ロマンスと相性が良かったことだ。
ソレは中国人であり、韓国語も話せるのだが、流暢ではない。
スマホの翻訳アプリを使って、二人が会話をする場面が何度かある。
これほどロマンチックに、効果的に、そのツールが使われる映画があっただろうか。
ソレがスマホに中国語を吹き込む時の口元は、触れられない神聖な場所のような、不思議に秘密めいた艶かしさがある。
ヘジュンと共に、翻訳されるのを待つ、その一瞬の時間に、ドキドキしてしまう。
「彼の心臓がほしい」と言ったらサスペンスだが、「彼の心が欲しい」と言ったらロマンスに変わる。
惹かれあっている者同士の、タイムラグのある会話は、もどかしくも愛おしい。
ツールといえば、小道具も効果的だ。
真面目で几帳面なヘジュンは、常に目薬、リップクリーム、ハンドクリームを持ち歩いている。
目薬をさすことで事件現場での視界がはっきりし、いい香りのハンドクリームを塗ることで、現場での血生臭い匂いから嗅覚を守ることもあるという。
ヘジュンは、史上最年少で警部になった厳格な男なのだが、それがこの持ち物によって肉付けがされているように感じた。
もう一つの意外性は、映画は始終スリリングで緊張感があるのだが、その中にユーモアが随所に散りばめられていることだ。
ヘジュンとソレがショートメールのような瞬時にメッセージを送る機能を使って、二人がやり取りをする場面で、ヘジュンよりもソレの方が文字を打つのが早いので、ヘジュンが返信を打とうとするたびに、ソレからメッセージが届いてしまう。
彼が文字を打ち始めては彼女から届き、消して打ち直そうとしてはまた届き、というのが何度か続いた時には、クスッと笑ってしまった。真面目なヘジュンの性格がチャーミングに映った。
また、取調室で、ヘジュンとソレが食べているのが高級寿司の出前で、取り調べなのに何故高級寿司?それはヘジュンの下心か?とか、ちょっと突っ込みたくなるし、食べ終わると、二人はまるでそこが家のリビングで夫婦の食事が終わったかのように息のあった片付けをするのも、なんだか可笑しかった。
こんな風に、この映画で気持ちが緩むことがあるのが心地よく。
何よりパク・チャヌク監督の作品で、過激な暴力シーンはなく、性的なシーンに重きを置かれることがないまま進むのが新鮮だった。(どちらも少しはあるが、今までの監督の作品と比べてたら、そよ風のようだ)
愛は、人を繊細にさせる。
小さな要素が積み重なって、愛は動いていく。
強烈な展開や刺激的な描写がないからこそ、そこだけに目も心も奪われることなく、ディティールを零さず、愛の行方を落ち着いて追っていくことができる。
例えば、車に乗る二人の、届きそうで届かない手の距離感だけで伝わってくる感情がある。
愛の行方を追っているようで、知らず知らずのうちにじわじわと、引き込まれ、物語の渦に巻き込まれていく。
愛する人に望むことは、なんだろう。
ずっとそばにいてほしい。幸せでいてほしい。生きていてほしい。
きっと人それぞれだけれど。
もし、愛する人と何らかの事情で別れなくてはいけないと思った時は、何を望むだろう。
「私がいなくなっても幸せな人生を送ってほしい」と心の底から願えるなら、もうその愛は、まもなく昇華されるだろう。
でもまだ愛しているのなら、本当は、何を。
ラストシーンの凄まじい余韻の中で、別れる決心の激しさに、スクリーンに焼きついた永遠の愛に、圧倒されながら、悲しくも祝福したいような、ごちゃ混ぜな気持ちになった。
映画だからこそ、描き切った、正しさではなく、美しい、この愛の結末に。
監督:パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン、パク・チャヌク
出演:パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン、コ・ギョンピョ
提供:ハピネットファントム・スタジオ、WOWOW
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2022年|韓国映画|138 分
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2月17日(金)より TOHOシネマズ日比谷 ほか全国ロードショー