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相田冬二
ファン・ジョンミン、その魅惑。
やはり、この俳優はよくわからない
ファン・ジョンミンはよくわからない俳優だ。
謎めいている、というのとはちょっと違う。己の取り扱い、つまり自意識の持ち方に独特のものが あって、それが、わたしたちが知っているスターや役者とは一線を画している印象がある。
ミステリアスな芸風ではないが、画面に登場したとき、不思議なものを感じる。
骨太な役どころが多いにもかかわらず。高次元でのギャップ萌え、かもしれない。
この映画ではファン・ジョンミン自身を演じている。
が、俳優が俳優そのひとに扮する際にありがちな自己批評性が見当たらない。
オリジナル脚本も手がけた新人監督は極めて真っ当なエンタテインメント志向である。
作品は正統派娯楽路線。
が、ファン・ジョンミンは、【ファン・ジョンミン】という存在をことさらデフォルメしたり、拡大したりはしない。
誇張がないのだ。
大きく見せる意志が希薄だ。
かと言って、疑似ドキュメンタリーのように、実はこんな素朴な人なんですよ、というような目くばせもない。
アピールをしない。
これが、ファン・ジョンミンという俳優の特徴かもしれない。
ファン・ジョンミンは誘拐される。
犯人グループの狙いは純粋に金だ。
人質状態からの脱出。
そこからは手を替え品を替えの作劇で、ダイナミックに最後まで見せ切る。
だが、主演がファン・ジョンミンである以上、そうした映画のフォームとは別の部分に吸引されてしまう。
監督によれば、誘拐のとば口となる出逢いのシークエンス、当初は犯人たちの罵倒に対して、 ファン・ジョンミンは耐える設定で脚本を書いていたという。
が、ファン・ジョンミンは「俺ならこうはしない」と、むしろ、犯人グループを挑発するような物言いに変更した。
人間的と言えば人間的。
だが、喧嘩っ早い、というのとは何かが違う。
完成した映画を見て思うのは、やはり、この俳優はよくわからない、ということだ。
結局、誘拐されてしまうわけで、あの挑発的な態度はいったい何だったのだろう、と思う。
無論、これはずっこけコメディではないし、笑えるような演出にもなっていない。
不穏というより、不思議なのだ。
誘拐され、監禁されたその部屋には、先客がいる。
犯人グループは、猟奇的な事件を起こしている連中で、その女性は人質になっていた。
言うまでもなく、ファン・ジョンミンはその女性と共にそこから脱出しようとする。
ようやく就職が決まったばかりだったのに、と嘆く女性に、同じく縛られた状態のファン・ジョンミンは言う。
「俺も、何度もオーディションに落ちた。こんな赤ら顔の男が役者になんかなれないと、みんなから馬鹿にされたよ」
人情と言えば人情。
自慢と言えば自慢。
が、ファン・ジョンミンが演じると、そのどちらでもなくなる。
自虐や努力とはまるで違う情緒がそこには生まれている。
可笑しみとも違う。
泣けるわけでもない。
森の中を転げ落ちて、そのまま気絶。
しばらくしてから目覚めるシーンがある。
どこかを見上げるファン・ジョンミンのまなざしには、何とも言えないスピリチュアルな輝きがあり、これだ、と思った。
彼の存在感はどこかSFチックだと思っていたが、この地球に迷いこんできた異星人の趣を有しているのだ。
そう考えると、「哭声/コクソン」で演じた祈祷師の、いくつもの境界線が交錯しているようなありようも、また、近年のなかで刮目すべき「ただ悪より救いたまえ」で見せた硬軟いずれでもない魂を宿した殺し屋の、ネオ・ハードボイルドな生き様も、静かに腑に落ちる。
ファン・ジョンミンには、いわゆるマッチョな男性主義からはズレた魅惑がある。
彼ならではの逸脱が、「人質 韓国トップスター誘拐事件」という日本語タイトルからは到底感知できぬ、とりとめのない宇宙を、わたしたちに垣間見せている。
監督:ピル・カムソン
出演:ファン・ジョンミン/イ・ユミ/リュ・ギョンス
2021年/韓国/ 94分
配給:ツイン
提供:ツイン、Hulu
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9/9(金)、シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー