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相田冬二
互いを思いやるだけではどうにもできぬことが、
この世にはある
本来は連続ドラマ向きの、厚みがある作品だ。
しかも、タイトル通り、三姉妹それぞれのキツさをきちんと掬いとる。
それを2時間足らずで描く。
かなりの圧縮と省略がそこでは行われているはずだが、悠々とした筆致は崩れず、大らかにして力強い余韻がもたらされる。
シリアスとデフォルメ。
リアルとポップ。
そのパワーバランスが非常に上手くいっており、三姉妹の長所と短所の引っ張り合いにも、憎めない可愛げがある。
特筆すべきは、決して露悪的ではないこと。
トラウマや魂の叫びにも逃げずに向き合っているが、自己憐憫に陥ることはない。
性格の異なる三姉妹の設定が、映画を単一のカラーに染め上げることを抑止している点は大きいだろう。
次女が中心に位置してはいる。かなり心を病んでいる長女、相当跳ねっ返りの三女に挟まれ、もっともマトモに生きているはずの次女は、実はもっともねじくれている。
キリスト教が生きる支えである彼女は、己を律するというよりは、我が子や夫、そして姉妹も含めた自分の世界を押さえつけるために、神の教えを利用しているように映る。
たとえば、欧米の映画に登場するような狂信的な人物像ではない。
なぜなら、彼女は宗教にどっぷりハマっているのではなく、あくまでも周囲の他者を支配するために信心を最強のバリアに仕立て上げているからだ。
だから、たとえば昭和の日本映画に出てくる祟りや伝説を畏れる年寄りたちのようなおどろおどろしさは皆無である。
次女は狂ってはいない。
むしろクレバーだ。
ズレてもいないし、自己認識は安定している。
自分がどういう人間なのか、見極めていると言ってもいい。
実は最も感心したのが、このキャラクター作りだった。
奔放で自堕落で気まぐれでチャーミングな三女の面倒を見ながら、暗く陰鬱で自己否定的でネガティヴな愛想笑いを常に浮かべている長女のことも拒絶はしない次女は、いつか爆発するのではないかと思いながら映画を観ていた。
軋轢としがらみに押しつぶされてしまうのではないか。
そんな同情的な視点が、ドキドキやハラハラを生み出していたように思う。
なぜ、この三姉妹はこうなのか。
なぜ、この次女はこのように生きているのか。
謎というよりは、人間が人間に対して感じる、ある種のひっかかりの背景にあるものは、クライマックスとなる映画の大舞台で、鮮やかに、そして、きっちりと明かされる。
きわめて潔く開陳されるそのありようは、すがすがしいまでのエンタテインメント精神にあふれており、現代韓国映画が有する逞しさの根拠が示されてもいた。
何かが解決するわけではない。
それらしい救済が訪れるわけでもない。
混迷を抱えて生きてきた三姉妹は、これからも自分たちの心の傷と共にあらねばならない。
家族の絆が万能なわけではない。
互いを思いやるだけではどうにもできぬことが、この世にはある。
わたしたちは、この現実を知る。
だが、同時に、それでも生きていける。
いや、生きていくのだ。
この三姉妹がそうであるように。
わたしたちもまた、生きていくだろう。
映画には、他人の人生を覗き、その人生に寄り添ってみる、感情と思考の実験めいた側面がある。
いかに、自分とその人が全く異なる性格で、かけ離れた環境にあるとしても、人間と人間である限り、この実験は可能だ。
わたしたちは、映画にカタルシスだけを求めているわけではない。
自分ではない誰かが、今日もどこかで生きている。
そのことが確認できるだけでも、精神の下支えになる。
この作品は、そうした原初の力を発見さへてくれる。
主に、三女のエピソードから出発していることだが、結構ユーモアが織り込まれている。
わがままで強情な三女は、しかし、その振る舞いはどこまでもシンプルで、わたしたちはときに爆笑することにもなる。
人は、どんなにどん底にあっても、どれほど追い詰められていようとも、顔が綻ぶことがある。
自嘲でも自虐でもなんでもいい。
ほんの少しだけでも笑うことができれば、わたしたちのお腹は減る。
お腹がすけば、それはまだ生きようとしていることの証なのだ。
無造作に置かれているが、食事場面がわりとある。
そのシーンたちはハッピーなだけでは全然ないが、登場人物たちは、何かを食べていたし、何かを食べようとしていた。
少なくとも、この物語には、食事の席が用意されていた。
振り返ると、そのことに安堵している自分がいる。
監督・脚本: イ・スンウォン
製作: キム・サンス/ ムン・ソリ
出演:ムン・ソリ/キム・ソニョン/チャン・ユンジュ/チョ・ハンチョル
2020年 /韓国 /115分
配給:ザジフィルムズ
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6月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー