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相田冬二
<二者択一ではない世界>の創造
東京フィルメックスの常連監督なので、シネフィルにはおなじみの存在。
あるいは、チベットのカルチャーに造詣の深い方であれば、小説家としての彼の名を以前からご存知かもしれない。
つまり<知る人ぞ知る>というよりは、<マイナー・メジャー>と呼ぶにふさわしいのがペマ・ツェテンである。
2019年のフィルメックスでは「気球」のタイトルで上映され、絶賛を浴び、最優秀作品賞に輝いた作品が、「羊飼いと風船」として、日本では初めての劇場公開映画となる。
海外の映画監督は、その国における初公開作品が<デビュー作>となる。
その意味でも、本作はペマ・ツェテンという表現者のイントロダクションにふさわしい。
なぜなら、ここには<詩情>と<問題提起>が、互いの意志・目的を損なうことなく、ごく自然に<共棲>しているからである。
この<共棲>の感触こそが、作家ペマ・ツェテンの個性である。
羊飼いで生計を立てている一家に起きる、ある騒動と別れが、ここでは映し出される。
生まれ変わりを信仰する旧世代の<信心>と、チベット草原地帯で慎ましく暮らす母としての<これ以上の出産は無理>という現実とが、否応なく衝突する。
<信心>は映画と相性がよく、それは浪漫にもファンタジーにもなりえるし、異国情緒の価値を高めることにもなるが、問題は、わたしたち観客を<盲目>にすることである。
ペマ・ツェテンは、<信心>を否定することなく、女性性の<逼迫>を密やかな激情と共に明るみにし、同時に提示している。
どちらがいい、悪いではなく、<二者択一ではない世界>の創造が、必要なのではないか。
折衷への希求、妥協の容認、そういった<問題提起>のリアルが根底にありながらも、映画は<詩情>を手離さず、抽象的なイメージに、なにかを願い、託している。
その所作こそが、この映画作家にとっての<本邦デビュー作>を証明している。
映画祭タイトル「気球」は、佳い題名だが、<詩情>が漂いすぎる。
公開タイトル「羊飼いと風船」は、映画を観たあと、印象が変化することが重要で、なによりも<共棲>を体現している。
コロナ以後は、ますます<二者択一ではない世界>へと、人類は進んでいかなければいけない。
もう、<絶対の理念>など、どこにも存在しないのだ。
そして、それは、決して絶望ではなく、希望に他ならない。
玄米に味噌を塗ったおにぎりを噛みしめるがごとき<風味>と<余韻>がある。
映画は、刻一刻と変化する時代を投影するメディアであることを痛感させる。
監督・脚本:ペマ・ツェテン
出演:ソナム・ワンモ/ジンバ/ヤンシクツォ
2019年/102分/中国
原題:気球 Balloon
配給:ビターズ・エンド
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1月22日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー