photo:野﨑慧嗣
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生嶋マキ
ポン・ジュノ、パク・チャヌク、イ・チャンドン、
そして『ひかり探して』へ――
1月15日に公開される映画『ひかり探して』。李鳳宇(リ・ボンウ)が『記憶の戦争』に引き続き配給する韓国作品だ。
『シュリ』のヒットによってこじ開けられた新たな流れ。その先にあったものは。これからの未来は――。ロング・インタビューの後編をお届けする。
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――そして、『JSA』が650万人、翌年に『ウェルカムトゥ・トンマッコル』が800万人、『シルミド』が1000万人、ポン・ジュノの『殺人の追憶』が800万人、続く『グエムルー漢江の怪物』が1400万人。韓国映画がどんどん動員記録を更新する時代に突入しました。一方で、アジアの巨匠との仕事では、ビジネスとは別に奥深い関係を築いていったとお伺いしています。それこそ、ポン・ジュノの『パラサイト』の日本での舞台化へとつながっていると感じます。
『パラサイト』の舞台は、まだシナリオが出来上がったばかりの段階なので、発表できることは多くないんです。いろいろ韓国とも細かくやり取りしています。
ポン・ジュノ監督とは、『殺人の追憶』(シネカノンが配給)の配給を通じて初めて会いました。新人の時から、すでに凄い才能だと思いました。とんでもない傑作を見た時は驚きました。彼のことを知ったのは、友人のチャ・スンジェプロデューサーからの紹介です。初めて対面した時は、日本の漫画に詳しい監督だなあ、という印象です(笑)。手塚治虫の作品が好きだったらしく、「僕が「どろろ」を撮ったら傑作になるんだけどな」と目を輝かせていたことを思い出します。彼とは来日時や海外の映画祭で度々会っていますが、ある時「ソン・ガンホ先輩がある家族に寄生する映画を考えています」というザックリした構想を聞きました。
「ガンホ先輩が人の家に居座って根を生やすとしたら、面白いでしょう?」 「それ、ヤダねー」
当初の構想とは、本編はだいぶ違っていましたけどね(苦笑)。そんなエピソードもあったので、『パラサイト』がアカデミー賞を獲った時は、まさかと思いました。内容の素晴らしさもさる事ながら、韓国語の映画が本賞をとるなんて予想外でした。彼は基本的に映画オタクで、一本の映画の中にいろんなジャンルを盛り込むのが得意なマルチ作家です。
アカデミー賞を獲得したのは、ある意味で正当な評価だと思いますが、それにしても本当に歴史的な大事件です。彼は社会ドラマ、コメディ、サスペンス、アクション、ホラーとやりたい表現を全部ぶち込みたいし、それを全部高いレベルで実現します。言ってみたら映画界の大谷翔平ですかね。
そうそう、彼がアカデミー賞の長いツアーから韓国へ戻ってすぐ、マーティン・スコセッシ監督から手紙が届いたというニュースを聞きました。「とにかくキミの映画を早く見たい。休むな」という短いものだったとかで、素晴らしい激励だなと感心しました。だからスコセッシは本当の巨匠なんだなと、誰に対しても分け隔てなく、対等なんだと思いました。賞を獲ると勘違いして、すぐに鼻が高くなっちゃう人もいますが、ポン・ジュノはそういった事にはならないと確信しています。
――日韓合作の2002年の『KT』では製作総指揮をされてますが、どのような想いや経緯でそうなったのでしょうか?
中園英介さんの「拉致」という小説を、阪本順治監督に提案したんです。この本は知る人ぞ知る名著で、韓国の野党指導者だった金大中が日本で拉致され、5日後にソウルの自宅付近で解放された1973年の事件を克明に調べて、そこに自衛隊員がどう関わったか、といういわばノンフィクション小説です。当時からその真偽が物議を醸していましたけど、その本をベースに映画を作ってみたくなったんです。
阪本監督の提案で脚本はベテランの荒井晴彦さんにお願いしました。いやあ、初稿は大河ドラマのような枚数でしたよ(笑)。そこから削ぎ落としていったのですが、まさに勢いで製作した映画です。当時はみんな創作意欲もパワーも旺盛で、日本映画が野心を持っていた時代です。今ならああいう力技は難しいかもしれませんね。
『KT』は、実際に金大中大統領にも見てもらいましたが、「映画の中の私は、実物の私よりも弱く見えます」って、どこを見てるんだろうと(笑)。ただ、解放されたシーンは思い出して泣きましたって言って頂いたのは、嬉しい限りでした。
あの頃は“合作”と言ってましたが、このご時世、もはや合作という作品は存在しないかもしれませんね。映画本来の成り立ちからすると、あまりいい表現ではないし、『007』だってイギリス映画だかアメリカ映画なんだか。ただ、プレイヤーたちの生まれた場所というか、バックボーンは大切だと感じます。僕のバックボーン、監督のバックボーン、俳優のバックボーン。いろんな人のバックボーンやアイデンティティーが混じり合って世界観ができる。国籍や宗教で分けると狭い世界になってしまうから、そうではなく、失敗するかもしれないけれど絶妙な化学反応を起こしたい。視聴者や観客だってそれが楽しい筈です、きっと。世界に出る、ということは、そういうことかもしれませんね。
――李さんが配給された『JSA』(02)、『復讐者に憐れみを』(05)のパク・チャヌク監督は『イノセント・ガーデン』(13)でハリウッド進出していますね。
僕は韓国映画界としてパク・チャヌク監督が最初にカンヌ映画祭のパルムドールを獲るだろうと感じていたんです。彼は耽美主義というか、極めてグロテスクな世界観の中でも美しい絵を撮りきる人です。アーティスティックな面も高く評価されていて、『オールドボーイ』でカンヌの審査員特別グランプリを獲ったあとも、常に安定して秀作を生み出しています。
『お嬢さん』という難しいテーマの映画でも、そのビジュアリストとしての才能を証明しました。できるなら、いつか彼と一緒に映画を撮ってみたいなと考えています。本音をいうと、僕はパク・チャヌクに日本の時代劇を彼に撮ってもらいたいんです。それも、今まで見たことのない時代劇を。彼なら今までにない時代劇を撮れると思うし、かつてそのことを伝えたら、まんざらではないという表情をしていました。
――いま、『バーニング』(18)などもあってイ・チャンドンが好き、という若者が増えているようです。李さんはかつて『グリーン・フィッシュ』(00)も『オアシス』(04)も配給されていました。
イ・チャンドン監督はもはや先生みたいな人ですよね。僕より少し先輩なんですが、かつて高校の先生をやっていたせいか、人柄が温和で人を育てるのが上手だなという印象です。実際、彼を通じて成功した女性監督や女性スタッフも多く、女性や若いスタッフが溶け込めやすい環境を作っている証だと思います。
他の監督と違うのは、現場が静かだということ。大声で「よーい、スタート!」 の代わりに「そろそろいきましょうか」といった感じだと思います(笑)。自分が映画業界にいることを感じていないような人でもありますね。一方で彼の映画に出演する俳優は、ことごとく俳優賞を取るんです。一度、女優のムン・ソリに、『オアシス』の時の彼の演出の言葉を聞いてみたことがあるんです。
「すごく険しい山だけど、僕と一緒にふたりで登ってみないか。たぶん挫折するかもしれない、何度も休憩しないといけないかもしれないけれど、最後まで君を支えるから」と言ったそうです。
完璧主義者なんでしょうが、何よりも自分の間合いを大事にしている監督という印象です。きっと、BBCやNetflixからビックバジェットの提案があっても、興味がないというか、どんな時代になっても、自分のペースでこれからも撮っていくと思います。
――そういった意味では、今の主流のNetflixなどの配信とは違うアプローチの監督ということですね。李さんは、配信ブームをどのように見ていますか?
ひとつの歴史の流れだし、いい傾向だと思います。僕は自分で、韓流ブームの上げ下げといった歴史を体験しているので、現在のNetflixの韓国ドラマ、韓国映画ブームを俯瞰で見ている部分と、その渦に実際に巻き込まれてしまっている自分がいます(笑)。韓国映画界もコロナ禍の影響で、企画が頓挫していたり、作ったけれども公開できなかったりと、そんなことが一年半以上続いていますが、その影響で大きく様変わりした部分があります。
まず韓国映画はロケで走り回る、というラジカルでライブ感のあるものが多いので、日本のアニメーションのように、コロナ禍でも作れるもの、という概念がありません。日本はコロナ禍でもアニメ映画の興行が安定していたけれど、韓国は大きく傷ついています。韓国映画はファンド形式で製作されるケースが多いので、斬新な企画や才能ある監督、上手い俳優さえ決まれば、ファンドが製作費の大部分を負担します。
昨年発表された2019年の統計では、約45本の映画に於いて、出資したファンド各社の運用益が104.8パーセントだったと白書が発表しています。全体的に黒字でそれなりに投資家のお金が還元されているという事が分かりますが、コロナ禍の影響で昨年以降はかなり停滞していると聞きます。
そういう時代に台頭してきたのが、女性監督です。かつては、才能があってもファンドマネージャーたちは、サスペンスとかアクションのようなバジェットの大きい映画に女性監督というだけで敬遠するケースがありました。確実に成功するポン・ジュノやパク・チャヌクといった監督への投資が優先されるのは当然の流れでしょう。だけど、スター監督の後ろに控えた2番手以降の監督や女性監督には仕事が回ってこない訳です。
それがコロナの影響で反転して、若手監督や女性監督たちにチャンスが巡ってきたんです。ビックバジェットを控えて、ローバジェットでも確実に佳作、秀作を生み出せる女性監督に注目が集まったんです。
韓国は映画アカデミーや韓国総合芸術大学など、映画、演劇に関する教育機関の水準も高いのですが、そこに通っている半数は女性です。特に映画アカデミーは入学者の割合は女性が若干上回っている程です。
さらに現在、Netflixで高視聴率を稼いでいる、いや高視聴率とは言わないけど、多く見られている韓国ドラマのほとんどが女性作家のドラマです。女性作家がキャスティングボードを握っていて、彼女たちが女性監督を選ぶケースも増えています。ソン・ジュンギ主演の人気ドラマ「ヴィンツェンツォ」は、女性作家で女性監督です。今はかつてないほど女性作家、女性監督が台頭している時代だと思います。僕もそんな中で韓国の女性監督に大きな期待をしているんです。
――李さんが配給された韓国映画『ひかり探して』が、まさに女性監督ならではの作品ですよね。優しさと強さを兼ね備える、とても心に深く残る映画です。
先日、パク・チワン監督が青龍映画賞の新人監督賞をとったのですが、新人監督が80数人いた中で、彼女が一番になったことで才能を立証しました。ちょうど来週、彼女とzoomで会うのですが楽しみです。これからもっと一緒に仕事ができると感じています。
――最近よく目にするのですが、なぜ日本の作品は、韓国のドラマや映画よりも配信で上位に来るものが少ない、という議論。李さんは、どうしてだと考えますか?
「イカゲーム」と「日本沈没」はどう違うのか、ということですよね?その議論はどこか不毛だと思うんです。日本の作り手が圧倒的に劣っているわけでもないし、ドラマを書く力だって演出能力だって高い。よく言われるのは、韓国は海外を意識しているからだ、と。もちろんそういう面もあるかもしれない。
僕が思うには、もっとも大きな違いは韓国の映画人はキャッチアップして、アウトプットするスピードが速いし、正確だと思います。その能力だけをもってすれば日本人は劣っているでしょう。映画に限らずあらゆるジャンルで変化を受け入れることを嫌う訳ですから・・・そう思って、例えば僕が韓国人の手を借りて、日本映画を製作しようとしています。
Netflixで製作配信する『恋に落ちた家』は韓国映画『建築学概論』のリメイクです。韓国人なら誰もが知っている名作を山下智久さん主演で日本に置き換えて製作すると、どういう風に映って、どんな化学反応を起こすのだろう、私自身も興味深く愉しんで臨んでいます。逆にこの次は僕が韓国映画、韓国ドラマをはなから作るとなったら、どうなるんだろうと考えています。日本で経験を積んだ人、日本のアイデンティティを持った人たちが韓国に渡って作ったらどうなるのだろうか。それでも成功しないのか、あるいは違うものが生まれるのか?多分、僕がやるべきことががあるとしたら、そこだと考えてるんです。
――では、今後の李さんの目指すもの、目標は?
とにかくやれることを一生懸命コツコツとやること。今、映画館も計画しています。時期や場所は明かせませんが、来年夏にはオープンします。どういう映画館にしようかなと悩んでます。これだけ家にいる時間が増える一方、DVDマーケットはなくなりつつあります。すると配信か、映画館でしか映画は見なくなる時代が来るかも知れません。いつの時代もスクリーンで見ることの意味は必ず残るだろと。であれば映画館に何か付加価値をつけた方が、もっと良い映画体験になるんじゃないかと感じています。それを考えるのも、これからの僕の使命かもしれませんね。
「ひかり探して」
李鳳宇(リ・ボンウ)
1960年京都府生まれ。プロデューサー。スモモ、マンシーズエンターテイメント代表取締役。1989年にシネカノンを設立し、『パッチギ!』、『シュリ』、『フラガール』など多くの作品を製作配給する。今後は22年1月より『ひかり探して』の配給のほか、韓国映画『建築学概論』をリメイクするNetflix『恋に落ちた家」(山下智久・主演)の制作、舞台版「パラサイト」などプロデュース作品が続く。
監督・脚本:パク・チワン
出演:キム・ヘス/イ・ジョンウン
2020年/116分/韓国
原題:The Day I Died: Unclosed Case
配給:スモモ、マンシーズエンターテインメント
1月15日(土)より渋谷 ユーロスペースほか全国順次公開