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相田冬二
ある日、世界が◯◯する! ということを思いついた瞬間、これはいけるぞ! と
特集上映《台湾巨匠傑作選》でもお馴染みの存在。
実に16年もの間、長編映画の世界から遠ざかっていたチェン・ユーシュンは「祝宴!シェフ」で帰還。
そして、20年間、アイデアを温めていた「1秒先の彼女」で、見事、金馬奨5冠に輝いた。
それは、まるでコロナ禍の世界に宛てたかのような【映画によるラブレター】。
わたしたちは、いま、このときに、この映画に出逢える幸福を噛みしめるべきである。
あの鮮烈なデビューから四半世紀。
「熱帯魚」の映画作家に、zoomで話を訊いた。
*
1997年の第2作「ラブ ゴーゴー」の後、どんな映画を撮るか、ずっと考えていた。
やっぱり、「ラブ ゴーゴー」の続きになるようなものにしたいと思った。
世の中の片隅で生きている小さな人物たちのラブストーリーを撮りたいと。
1、2本、脚本を書いたが、徐々に固まっていったのは2000年間近のころだ。
それは「ある日」というタイトルだった。
そのころは、ひたすら脚本を書くばかりの毎日でね、かなり暇だったんだ。
野球とかバスケットとか、スポーツの試合をやたらテレビで観ていたよ。
で、観ながら、【リズム】ということを考えたんだ。
ピッチャーが投げたときに、バッターが、ボールにバットを当てられるかどうか、これが【リズム】だなと。
ピッチャーと、バッターの【リズム】。
愛や恋も、そういうものなんじゃないかと思ってね。
それで、ひらめいた。
たとえば、何をするにも【リズム】が速すぎる女の人と、【リズム】が遅すぎる男の人は、出逢った瞬間、恋は成り立つんだろうか。
そして、ワンテンポ遅れる男の人がいて、それが少しずつ積み重ねていって、ある日、世界が◯◯する! ということを思いついた瞬間、これはいけるぞ! と。
なんて、自分はクリエイティヴなんだろう!!
そう思ったね。
20年前はまだ、世界が◯◯する、という映画はなかった。
少なくとも、僕は観ていなかった。
でも、その後で、世界の◯◯を描く、いろいろな映画が出てきてしまった……。
なので、世界の◯◯という点については、ひらめいたときのような興味はなくなっていったんだけどね。
*
監督自ら、◯◯の部分は伏せておいてほしい、と念を押した。
だが、この映画は、その部分に核心があるわけではない。
重要なのは、監督にアイデア=ギフトが降り立った【リズム】の部分である。
映画は、時間を描く芸術だ。
「1秒先の彼女」は、まったく新しいかたちで、時間を捉え差し出すアートだ。
多くの場合、【リズム】があう人間同士が恋に落ちる。
【リズム】とは、ほとんどの場合、価値観の共有であり、そのことは、愛しあうふたりにとって、欠かすことのできない重要な要素として、多くのラブストーリーは取り扱ってきた。
だが、チェン・ユーシュンのこの映画は、【リズム】があわないことをいかに肯定するかに、すべてを賭けている。
そのことに感動させられるのだ。
*
男女の感情がうまく混じりあうとき、【リズム】があうから、とよく言うよね。
でも、この映画の場合、世界が◯◯したとき、初めて愛を伝えられる。
そのときまで待たなければいけない。
このアイデアには、自分でも、すごく惹かれている。
僕が、このことに感動してるんだ。
*
チェン・ユーシュンは屈託なく、そう話す。
本作は、恋愛論であり、人間論であり、世界論であり、おそらく映画論でもあるだろう。
発想から20年のときを経て、風化するどころか、さらにみずみずしく、息をしている「1秒先の彼女」。
現実的な時間が、この映画にもたらしたものはなんだったのだろう。
*
20年前はまだ30代だった。
それが、いまでは、もうすぐ60代だよ。
当時は、【リズム】の速い女性と、遅い男性、そして、世界の◯◯という3つを、どのように形式的に映画として見せるか、を考えていた。
形式にとらわれすぎていたと思うね。
形式に面白さを感じていたんだろう。
その後、いろいろな人生経験を重ねてくると、心持ちがかなり違ってきたよ。
人生の豊かさが積み重なると、人間の見方も変わるんだ。
それに従って、脚本も修正してきた。
そのときそのときの気分で、何度も何度も修正してきたよ。
自分は、ここで、最終的に、何を言いたいか。
それを考えたとき、人間のさみしさを、映画のテーマにしたいと思った。
【リズム】が違うと、人とうまく交流できない。
そのさみしさ。
さみしい人に対しては、思いやりが必要だ。
では、思いやりは、どうやったら、与えることができるのか。
それで、ある人物のエピソードを考え、その人物をどのように出現させるかを考えた。
それは、自分にとって、とても重要なことだった。
その人物に、人間のさみしさを背負ってもらった。
人間に必要なものは、思いやり。
このことが、この20年に起きた、とても大きな変化だよ。
この歳になると、時間が過ぎるのが、ものすごく速い。
何もできないまま、ときが過ぎていく。
怖いよ。
時間にどんどん追い抜かれているみたいで。
だから、できるだけ、たくさん、いい映画を撮りたい。
世界中の人たちはいま、家からあまり出られなくなっている。
人と人とが実際に逢えなくなっている。
でも、こういうときこそ、いい映画は必要だ。
いい映画を観ると、そこに気持ちを託すことができる。
自分の気持ちを、映画によって確認できるんだよ。
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監督・脚本:チェン・ユーシュン
出演:リー・ペイユー/リウ・グァンティン
2020年製作/119分/台湾
原題:消失的情人節 英題:My Missing Valentine
配給:ビターズ・エンド
6月25日(金)新宿ピカデリー ほか全国ロードショー