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WALK UP

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佐藤結


一度足を踏み入れた
この塔から逃れることなどできない

「江南(カンナム)にとても面白い建物を見つけた。そこで撮影したら面白い話ができそうだ」

「WALK UP」の公開に先立つ6月6日に行われたトークイベント付き日本最速上映会に登壇した主演俳優クォン・ヘヒョによれば、この映画はホン・サンス監督のこんな言葉からはじまったのだという。

韓国のソウルや地方都市、あるいはフランスやドイツ。
これまでも彼の作品は、撮影された場所と切り離しがたく結びついてきた。

今回選ばれたのはソウルの裏通りにある地上3階、地下1階建ての小さなビル。
螺旋階段のような狭い階段を持つこの空間にひとりの男が立ち寄ったことから物語がはじまる。

名の知られた映画監督ビョンスが娘ジョンスを連れて、インテリアデザイナーのヘオクに会いにやってくる。

家族と住んでいた家を出て長く、娘とも疎遠なビョンスだが、彼女がインテリアに興味を持っていると聞いて、ヘオクを紹介することにしたのだ。

自らが所有するビルの1階にあるレストランで食事をしたのち、各階を案内していくヘオク。2階はレストランの個室、3階は小さなキッチンのついたスペースで、あるカップルに貸しているという。

4階は屋上スペースには部屋とテラスがある。
この部屋はまもなく部屋が空きそうだと言いながら、ヘオクはビョンスにここに住まないかと誘う。

その後、3人は地下にあるヘオクの作業室でワインを飲み始めるが、プロデューサーからの電話を受けたビョンスは、ジョンスをおいて打ち合わせに出かけてしまう。

登場人物や台詞、場所がわずかに違うシチュエーションを層のように重ね、人間というとらえがたい存在の輪郭を浮かび上がらせてきたホン・サンス。

今回は、娘と訪れた1階、ヘオクとレストランの主人ソニとともにワインを酌み交わす2階、いつの間にかソニと暮らしている3階、一人暮らしで不動産業者ジヨンと恋人関係にある3階と、階を上がるごとに主人公ビョンスの境遇が変化し、ひとりの人間の中にある多面性が見えてくる。

プレス資料によれば、サン・セバスチャン国際映画祭の記者会見の席でホン・サンス監督は「お酒を飲む人、ベジタリアン、肉食の人、3人とも私に近いと思います」と、それぞれの階のビョンスと自分を重ねたとのこと。

それでいながら、ひょっとしたら同じ名前と顔を持つまったく別の4人の男の話を順に語っているのかもしれないと思わせるところが、彼の映画のおもしろさだ。

「繋がっているようであり繋がっていないようでもある構造」というクォン・ヘヒョの言葉が、ホン・サンス作品の容易にはとらえられない魅力を的確に説明している。

「3人のアンヌ」(12)での初登場以来、本作を含めて10本のホン・サンス作品に出演してきたクォン・ヘヒョは、妻と恋人の間であたふたする出版社社長に扮した「それから」(17)以降、「逃げた女」(20)では主人公のかつての恋人、「あなたの顔の前に」(21)では主人公に映画を撮ろうともちかける監督、「小説家の映画」(22)では主人公と旧知の監督など、ホン・サンスの分身のような男性キャラクターを続けて演じてきた。

監督からの信頼も厚く、出演依頼の言葉はいつも「○日から○日まで映画を撮る予定だけれど、時間ある?」だけだという。

また、妻であるチョ・ユニと「それから」を含め5本で共演。
今回は、4階の部屋にやってきて彼の世話を焼くジヨン役の彼女と仲睦まじい(妻とは別居中という設定だが)姿を見せている。

クォン・ヘヒョに加え、娘ジョンス役に「イントロダクション」(21)などのパク・ミソ、ビルのオーナー、ヘオク役に「あなたの顔の前に」、「小説家の映画」(22)で主演を務めたイ・ヘヨンと、ここ数年のおなじみの俳優たちを起用。

さらに06年の「浜辺の女」以降、6本目の出演となるソン・ソンミが、自由奔放なソニをのびのびと演じている。

ちなみに本作の韓国語原題は「塔」。
英語と日本語のタイトルと合わせると、「ある男が“塔(のような建物)”を“登っていく”」映画ということになる。

そうなると、他のホン・サンス作品ではナチュラルな雰囲気が新鮮だったイ・ヘヨンが、塔を守る魔法使いのようにも見えてきて、ビョンスが何度パートナーを変え、人生を生き直そうとしても、一度足を踏み入れたこの塔から逃れることなどできないのだと確信する。


WALK UP
監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:クォン・ヘヒョ/イ・ヘヨン/ソン・ソンミ/チョ・ユニ/パク・ミソ/シン・ソクホ
2022年/韓国/97分
原題:탑
配給:ミモザフィルムズ
劇場公開日:2018年5月12日
© 2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.

6月28日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺、Strangerほか全国順次公開


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