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堀越謙三氏とレオス・カラックス監督

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ユーロスペース代表、プロデューサー
堀越謙三を偲ぶ

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小林淳一


アートシアター・ムーブメントをつくってきた人。
カラックス、オゾン、キアロスタミ、カウリスマキ……

「ケンゾーは全作品を日本で配給し、そのほとんどを共同製作してくれた。だがもっと大事なことは、(第2作「汚れた血」の後)1987年に出会って以来ずっと信頼できる友人、兄であることだ。その粘り強さ、穏やかさ、度量の広さにいつも励まされてきたが、国内外を問わず多くの人々、映画人、映画を愛する人にとっても同様だろう。私の恩人である」

堀越謙三の著書「インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ」(筑摩書房)(構成:高崎俊夫)の帯の文章のコメントである。文面からわかるとおり、レオス・カラックスから捧げられた言葉だ。

映画会社ユーロスペース代表で映画プロデューサーの堀越謙三(ほりこし・けんぞう)氏が6月19日、間質性肺炎で死去した。80歳だった。

映画シーンを変えた人物だった。

1982年、東京・渋谷に映画館ユーロスペースを開館。
西ドイツの作家、ボイチェフ・ヤスニー監督の「ある道化師」がオープニング作品だった。

1988年、レオス・カラックス「汚れた血」を配給、戦略的に公開はシネマライズ(渋谷)で2月6日より公開。ヴェンダース、ジャームッシュらと共に、カラックスはアートシアター・ブームを巻き起こす。80年代の渋谷はシネマライズ、PARCO SPACE PART3、シネセゾン渋谷、そして、ユーロスペースを擁するアートシアターの中心地だった。

アートシアターというと、ヨーロッパやアメリカ、後にアジアの作家を思い浮かべるが、ユーロスペースの史上最大のヒット作が1987年8月1日に公開された「ゆきゆきて、神軍」である。監督・原一男。

1987年にユーロスペースで公開された映画を一部あげると、「レポマン」(アレックス・コックス)、「エレメント・オブ・クライム」(ラース・フォン・トリアー)、「ジョーズ・バーバー・ショップ」(スパイク・リー)、「デッドゾーン」(デヴィッド・クローネンバーグ)。
ここからの「ゆきゆきて、神軍」である。なんというラインナップであろう。

「エレメント・オブ・クライム」はトリアーの第1作である。トリアーが認知される「奇跡の海」を堀越自ら(ユーロスペース)が配給、公開するのは、10年後の1997年のことであった。

堀越が凄いのは上映作品のラインナップだけでなく、ユーロスペースが製作した作品(堀越謙三がプロデュースした作品)を出し続けたことだろう。

一部を挙げよう。
「書かれた顔」(ダニエル・シュミット)、「スモーク」(ウェイン・ワン)、「TOKYO EYES」(ジャン・ピエール・リモザン)、「ポーラX」「アネット」(共にレオス・カラックス)、「焼石に水」「まぼろし」(共にフランソワ・オゾン)、「ライク・サムワン・イン・ラブ」(アッバス・キアロスタミ)。

日本映画でも、「大いなる幻影」(黒沢清)、「どこまでもいこう」(塩田明彦)、「AA」(青山真治)など。

なんというラインナップだろう。キアロスタミの「ライク・サムワン・イン・ラブ」はほとんど日本の俳優・スタッフで製作されている。

配給では、カラックス、オゾン、キアロスタミに加えてアキ・カウリスマキの映画も公開し続けてきた。2023年12月15日に公開されたカウリスマキの「枯れ葉」のヒットは記憶に新しい。

堀越が逝去するおよそ2カ月前に公開されたのがレオス・カラックス「IT‘S NOT ME イッツ・ノット・ミー」だった。

A PEOPLEも第1回配給作品「台北暮色」(ホアン・シー)を2018年、ユーロスペースで上映。以降、「慶州 ヒョンとユニ」(チャン・リュル)、「あなたを、想う。」(シルヴィ・チャン)、「アメリカから来た少女」(ロアン・フォンイー)、「台風クラブ4Kレストア版」(相米慎二)などを上映させていただいた。

また、特集上映として「没後20年 作家主義 相米慎二」(2021)、「作家主義 ホン・サンス」(2021)、「長谷川和彦 革命的映画術」(2022)、「映画監督チャン・ゴンジェ 時の記憶と時間の狭間で」(2025)などをユーロスペースで行ってきている。

堀越謙三とユーロスペースによって、明らかに映画史は変わった。そして、今も変わり続けている。アートシアター不況といわれる今こそ、その精神と過去の仕事を見続けていきたいと想う。


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