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前田佳孝
「青春」

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濱野奈美子


撮っていい時は撮る。
撮っちゃだめって向こうから言われた時は撮らない。
それでも真実が映る

2024年6月23日日曜、横浜シネマリンにて、ワン・ビン監督最新作「青春」上映後、撮影を担当した前田佳孝(「青春」「苦い銭」撮影)のトークイベント「ワン・ビンの現場について」が行われた。聞き手はムヴィオラ代表・武井みゆき。

武井みゆき(以下武井) 今日ご覧になった方は「青春」という映画には2部3部があるらしいということをお気づきかと思います。この時代のこの中国のこの場所で、こういう人たちが生きているということを「鉄西区」のようなスケールで捉えてみたいというのが、ワン・ビン監督の心の中にあったのだと思います。今回の「青春」第一部では、地方から都会に出稼ぎに来るすごい人数の移動があるわけです。この出稼ぎの時代を、ワン・ビン監督は撮りたかったのではないかと思います。今日の映画の中心となる撮影期間は、2014年9月から2015年6月までの9ヶ月、その後に最後に出てきた青年など、気になる人物をワン・ビン監督はさらに追いかけて2019年ぐらいまで撮っていますが、この時からもすごく時代が変わっている。今後がどうなるか楽しみなところです。では、「青春」の撮影をされました前田佳孝さんです。まず、なぜ日本人の前田さんが、なぜ中国人のワン・ビン監督の現場に入っていたのかお話しいただけないでしょうか。

前田佳孝(以下前田) ずっと映画の仕事はしたくて、映画の勉強もしたかったので、高校卒業後に映画美学校に1年間入りました。で、その間、2003年ぐらいに「鉄西区」の、完成した3部作の上映会が映画美学校で行われたので、そこで観ました。こういう作品の撮り方もあるんだなって、観た後にすごく感激しました。何より驚いたのは、あの当時インベンデントの作家でデジタルビデオで映画を作っている方は他にもいっぱいいたんですけど、これだけのものを一人で撮り上げる……実際には一人じゃなくて、ポスプロに他の人も参加していたり、初期には録音もいたりするんですけども、でもほとんど一人で撮り上げたということに、映画表現の可能性をすごく感じました。刺激を受けて、この方法論で自分でもできるんじゃないかと。で、上映会の時にパンフレットも出ていてワン・ビン監督の出身の学校に北京電影学院と書いてあったので、いいところに違いないと思い、その翌年に北京に留学しました。まず二年間、中国語を勉強して、それから、北京電影学院の本科に入ってそれで在学中や卒業後にワン・ビンと交流する機会があり、仲も良くなったし、今度新しいプロジェクトあったら、参加させてよと話をしたら「いいよ」みたいな感じで。それで参加するようになりました。

武井 前田さんが初めてワン・ビン監督の撮影現場に入ったのが「収容病棟」だそうですね。

前田 「三姉妹〜雲南の子」のポスプロの時に「収容病棟」の話があって。実は収容病棟のプレブロの時に武井さんとの連絡の間に私も入っていて、企画書を武井さんに送ったりしました。「収容病棟」は実際、ムヴィオラ、武井さんが出資したりして(笑)、そういう予算に限りがある中で撮りました。「収容病棟」での私の仕事は助監督という立ち位置でした。本当は現場に行きたかったんですけど、外国人だからいろいろ難しい問題があって行けない。それで素材管理、素材の書き起こしをしていて、撮影が終わって、みんなでディスカッションしました。あと実際は「収容病棟」の撮影が始まる前に「三姉妹」の村、洗羊塘村で、三姉妹ではなく、洗羊塘の村規模で1本ドキュメンタリーを作るっていうプロジェクトが進んでいて、ワン・ビン本人は行けないんですけども、もう一人のカメラマンと一緒に1ヶ月ぐらいそこで暮らして撮影していました。

武井 撮影としてクレジットされたのは「苦い銭」という作品ですね。

前田 声がかかった時に次プロジェクト入るなら撮影がいいと私の方からリクエストしました。なぜかというと、ずっと書き起こししたくないから(笑)。ちょうど「苦い銭」のプロジェクトが、複数か所で同時進行の撮影をするという計画だったので、撮影で入ることになりました。

武井 「青春」で前田さんが撮影された部分をお話しいただけますか?

前田 「幸福路」というテロップが出る場所は全部私が撮っています。プラス最初のシークエンスで、後半のズボンを作り始めるところぐらいから、私の撮影パートになっています。それ以外は全部ワン・ビンが撮っています。

質問者1 ワン・ビン監督の作品はドキュメンタリーという形を取っていますが、登場する方々が演技をしている、というわけではないけども、やっぱり演じているんだろうなっていう風に思えます。自分の役を演じるというか、自分を演じているという、そういう見え方だと思います。そういうシチュエーションに持っていくということが、多分ワン・ビン監督の一番の作家性というか、独自性だと思うのですが、現場ではどういう雰囲気でこういう空間が生まれていくのでしょうか。そもそもこれは脚本があるんですか?

前田 脚本はないです。脚本はないですし、今後どうストーリーが進んでいくというような、筋書きも全くないです。大原則として、こちらの撮影行為によって彼らの行動が影響される、行動が変わってしまうということはNGだと思うんですよね。それは私たちの介入によって彼らのやりたいことが変わってしまうから、彼らの生活自体が変わってしまうのは私たちの目的に叶わない。よくまるでカメラがいないようとおっしゃる方が多いのですが、それもちょっと違うかなとは思うんです。なぜならば、カメラがその場にいるということは当然彼らはわかっていて、その上で、生活を演じてくれているという意味合いだと思うんですね。過度に彼らが演じているのではなく、あくまでも私たちの関係性の中で彼らが本人の生活を演じてくれていると思っています。演技というと語弊もあると思うので、演技ではなくて生活そのものを演じている。どうしてそういう場が作り上げられるかというのは、これはもう私たちも彼らと同じぐらい彼らと同じ空間で大いに労働しているから、彼らも認めてくれているんじゃないかと思います(笑)。

武井 私たちでも、きっとカメラに撮られるのに慣れてくると、ついうっかり喧嘩の時に声が大きくなったりするとかしれない。とにかくたくさん撮る、そこから編集されたものなので、人によってはそれを演じているように見えるっていう風におっしゃる方もいるのかもしれないです。私はあんまりそういう風に見えないで、中国の人の心がそのまま出ているみたいな感じに見えたりします。

前田 逆に言うと、私も、あれ?すごいこと起きているなとか、びっくりしながら撮っているんですね。撮影されている彼らがカメラのことを全く意識してないっていうのも違うと思います。カメラに語りかけることもあるし、もっと言えば撮影中いっぱいコミュニケーションします。いっぱい世間話するし、いっぱい冗談言ったりもするし、彼らが遊びに行く時も、服買いに行く時もついて行って、もう何でも撮っているので。友達みたいな感覚で。

質問者2 3つ質問させてください。1つ目は最近の中国は、研究者の人も農村とか入りにくくなっているとの話があるのですが、結構中国のあからさまの部分が、ものすごくたくさん出ていると思うんですよね。それが中国から発信した話なのかどうなのか。経済発展とかを発信されていることが多い印象があるので、ああいうテーマで今後も映画が作れるのか。今、中国で上映できているのか聞きたいです。2つ目はものすごくたくさんの人が出演していて権利関係はどうなのか。例えばあれがスナップ写真だとしたら、これだけばっちり出ていると、何か文句言う人も多そうだと。もちろん信頼関係があるんでしょうけど、どういった権利処理をされているのか、と。3つ目は機材の話で「鉄西区」の時は、ワン・ビン監督は同じ場所でスナップ写真を撮られていたとか、そのイメージが強く、最近はどんなカメラのこだわりがあるのか。

前田 まず1点目は普通の中国映画は、撮影前にまず申請許可を取らなきゃいけないです。プロットを送ったり、脚本を送ったり、どういうプロジェクトで何を撮るかをある程度送って、当局の許可を得て撮影開始になるんですね。撮影が終わった後もポスプロが終わって審査を経て、許可を得たものに関しては龍のマークがつくんですよ。公映許可があって初めて中国国内で上映する形式になる。ワン・ビンの作品は審査を経ていないので、通常は中国では上映できないんです。ただ、稀に上映したりはする。外国系の学校とか、いくつかの美術館とか。でも、大々的に中国の商業施設映画館で上映することは、ほとんどないと思います。

武井 ワン・ビン監督の映画製作国を見ていただくと分かりますけど、中国と一切入っていないです。フランス、オランダ、スイス、日本、そうしたところで制作しているので、中国映画ではないということになっています。

前田 2つ目の質問ですけども、撮影許可に関しては、まず私たちは撮る時に自分たちが何をしているかをはっきり説明します。記者とかでないし、彼らの生活を暴露するために来たのでもなく、映画を撮っています、完成までに時間がかかりますけども、中国国内ではかからないかもしれないけども、然るべきタイミングで海賊版が出回るから、皆さんネットで見てくださいって。ワン・ビン監督のことも説明して、ネットで見てもらったりしますけど、ある程度調べてもらうとしばらくして興味がなくなる感じです。撮影許可に関しては契約書みたいなものにサインしてもらうことはありません。それもまた誤解を招いてしまうことなので。一人一人名前を聞いて、年齢を聞いて、どこから来ているのか聞いて、撮影許可は口頭で聞くことでしています。こちらの撮影のスタイルとしても、中には撮っていて心苦しくなることもあるし、辛いと思う時もありますけども、基本的には彼らのプライバシーを侵害する、彼らの生活に影響しないようにしています。ネガティブな内容だけを盛り込むとか、頭ごなしにこちらの考えを押し付けるのではなくて、彼らの生活を撮るっていうことなので、撮られている側の彼らも自分たちの撮影スタイルは、こういうものだというのは、一緒に同じ時間を生活しているので分かると思います。
本当に基本的な考えですが、大原則として、撮っていい時は撮る。撮っちゃだめって向こうから言われた時は撮らない。こっちで判断して撮ってはいけないなと思った時は撮らない。

武井 そういう撮り方をしているのに、これだけ真実が浮かび上がってくるように感じられるのが、ワン・ビンのすごいところかなという風に思います。

前田 3つ目の質問は、ワン・ビン監督はもともと魯迅美術学院で写真を専攻していたので、いくつか「鉄西区」で撮った素晴らしいスチール写真も残っています。今も継続してスチール写真を撮っていて、ポンピドゥーで展覧会が開催されるなど、写真家という一面もあります。ですからカメラの機材に関しては当然こだわりがあります。今まで基本的にデジタルビデオでDVテープがほとんど占めていて、その間にデータのものもありまが、今回の作品に関しては、ソニーのα7Rに中古のコンタックスのレンズを使っています。
今までの撮影は露出もフォーカスもほとんどオートですが、今回に関しては絞りもフォーカスも手動でやっています。ですから手前味噌ですけど、かなり私は撮影がうまいと思います(笑)。皆さん、観ていてあまり意識できないと思うんですが、絞りがすごくシビアで、ちょっと絞ったり開けたりでだいぶ露出が変わってしまう。ポスプロでいくつか修正した箇所があると聞いているんですけども殆どの場合はできてると思います。最初の頃はすごく大変でした。我ながらがフォーカスもすごくうまいと思います。
で、一点気づかれた方もいると思うんですけど、幸福路でグアンチョンとニーの2人がじゃれ合って、工場から出て階段を駆け上がっていくところを撮影していて、途中で工場の長椅子に引っかかってしまって。階段を上がる予想はしていたんですけども、それでちょっと慌てちゃって、露出を絞るところを逆に開けてしまいオーバーにしてしまった。本当はカメラNGですが、結果的に本編で使われていました。ちょっと私もワン・ビンの美的センスに驚きました。監督は自分の主義主張でこうしなきゃいけないみたいなことはではなく、いいものはそのまま入れるので、今回の作品に関しては、今まで作品と違う変化も見られるかもしれないです。

質問者3 映画鑑賞の仕方としては間違った質問なのかもしれないですけど、給料が5万元ぐらいもらっててる人と1万元いかない人がいますよね。それで、最後の若い20代の社長さんがどこに行ったって同じみたいなこと言ってくるから違うと思って。自分の村からA工場、B工場に通っているお友達もいるしスマホを全員持っているんだから、ここの方が出来高払いがいいとか分かりそうなのに、なんであんなに我慢されているのかなって。全然芸術的じゃない質問ですけど。

前田 2014年ぐらいの状況からしたら、彼らはむしろ高収入な方だと思います。田舎に帰って車も買えるし、家も建てられる。田舎で家を建てる土地があるから、現地で作ってくれる人を雇う、あるいは自分でコンクリートを固めて自分で作ることも可能だし。収入に差があるのは当然で、熟練している人ほど多く作るんです。多く作った分だけ高収入で、当時の半年で5万元はかなりの収入だと思います。何でその仕事を選んだのかは、私も詳しくは分からないんですけども、地元でこれだけ稼いで立派な家を建てたという目標になる人がいるのかもしれないし、友達同士で行こうと思ったのかもしれない。基本的には給料はすごく合理的だと思います。後半に出てくるあの若い社長のワンももともと服の作り手が社長になった人ですけれど、あの市場の値段は、どこ行ってもあんまり変わらないです。当然、他の場所の値段も調査した上で値段を決めているので。他に行くメリットがもしあるとしたら、作るのが早い人はいっぱい作れるところがいいと思う。布が品切れになっちゃって作れない期間が長くなるとその間稼げなくなってしまう。基本的には自分が慣れているところで働いて、そこであの目標額を稼げることがいいことなので、途中で抜けて別のとこ行くっていうのはあまりないかもしれないです。

質問者4 ちょっと質問が重なってしまうかもしれません。僕がびっくりしたのは賃金の交渉です。あそこまで撮られてくれるのか、と。僕は日本人で、他の国の事情は分からないから、そう思ったので、その辺はどうだったのかと。

前田 私が撮っていたところですけど、もうすでに引退した商工会の幹部が私たちの友達で、その幹部の紹介で幸福路78号の工場で撮影していました。友好な関係を作っていて、そこで交渉して撮らせてもらいました。さすがに私の心情としてはどちらかというと労働者側に立っちゃうので、労働者の後ろから結果的に社長が怒っている部分を撮ってしまいましたが、向こうも面子があるので、後で「ああいうのを撮られちゃな」みたいな(笑)。ただ撮られていることは当然わかっているので、言っていることも別に変なことではないと思います。怒っている理由としては、お客さんが目の前にいるのに、なんで今、給料の交渉するのか、で。あと、布が届かない時期があるから、彼らはずっと作れなくて文句を言っていましたね。ちょうどタイミングの問題でうまく引き継ぎできなかった。当然労働者も最終的にもらえるお金のことが気になるから、どっかのタイミングで絶対交渉しなきゃいけないと思っています。そういうシステムも途中から分かってくるんです。不思議なシステムだと思いながら、すごく面白いと思ったので、そこは重点的に撮りました。「青春」というタイトルではありますが、何のために働いているかというと、やっぱりお金のためですね。そこが如実に表れる賃金交渉の部分は、すごく重要な場面だと思って、いくつかの工場で撮りました。

トークイベントは約30分間。もう一度「青春」をみたくなる中身の濃い内容だった。ちなみに「青春」の上映時間は215分である。アジアで生きている、中国の今を必死に生きている若者たちの、声にならない心の動き、その息遣いが確かに聞こえ伝わってくる。ワン・ビン、凄い。前田カメラマン、凄い。


「青春」
監督:ワン・ビン
2023年/212分/フランス・ルクセンブルク・オランダ合作
原題:Youth (Spring)
配給:ムヴィオラ
横浜シネマリンにて上映中 全国順次公開中


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