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真魚八重子
自分の国の現代史における暗部を描くには、
客観性と内省という愛国心を持たなければならない
韓国ではいま、現代史を振り返る映画が熱い。
この「大統領暗殺裁判 16日間の真実」で描かれる出来事は、近年の映画作品でも取り上げられた事件が登場する。
2020年のイ・ビョンホン主演「KCIA 南山の部長たち」では本作の冒頭で描かれる、パク・チョンヒ大統領暗殺を扱っている。
また「ソウルの春」(2023年)ではチョン・ドゥファンによる軍事クーデターを、フィクションを交えて描いており、自由民主主義への転換が頓挫するきっかけを、緊張感を持って辿っている。
「ソウルの春」でクーデターを企てたチョン・ドゥファンをモデルにした、チョン・ドゥグァンを演じたファン・ジョンミンは、数々の映画賞を受賞した。
「大統領暗殺裁判 16日間の真実」においては、チョン・ドゥファンによる粛軍クーデター(12.12 軍事反乱)は後半に登場する逸話だ。
本作内ではチョン・ドゥファンをモデルにした人物は、チョン・サンドゥという名前で登場する。
近年の韓国映画では、民間人の犠牲も出た1980年の光州事件を扱った映画も多い。
70~80年代の韓国史は、軍事クーデターと民主化運動で揺れていた時代だった。
「大統領暗殺裁判 16日間の真実」ではまず、独裁者と批判されたパク・チョンヒ大統領暗殺から物語は始まる。
彼の側近である中央情報部部長キム・ジェギュが企てた計画によって暗殺されたのだ。
それは自由民主化運動につながっていくはずだった。
映画の中心はその裁判の様子が中心となり、一人だけ軍人だったために、通常なら三審が行われる裁判で、一審しかない単審制で裁かれることになったパク・テジュ大佐の裁判に焦点があてられる。
パク・テジュのモデルとなったのはパク・フンジュ大佐だ。
この裁判は最初の公判からわずか16日後に最終判決が下されており、「性急裁判」と呼ばれている。
パク・テジュ大佐を演じているのは、韓国の名優で、残念ながら本作が遺作となったイ・ソンギュン。
この映画の中でも、感情を押し殺した硬質な軍人像を演じてみせる。
パク・テジュの裁判ではチョン・サンドゥが裏で暗躍し、裁判中にも次々と違法にメモが運び込まれて、“メモ裁判”とも呼ばれた。
また法廷でもパク・テジュは軍人としてあまりに愚直で、「どんな命令でも上官に従うのが軍人」だと宣言して、不利になろうとも暗殺の非を認めようとはしない。
そして10.26大統領暗殺から、まだ裁判中である12月12日に、チョン・サンドゥによる軍事クーデターが起こり、裁判は思いがけない顛末を迎える。
チョン・ドゥファンによる、また新たな独裁政権が始まった韓国において、史実なだけに「ソウルの春」「大統領暗殺裁判 16日間の真実」は努力や民意が報われないという、徒労や絶望が襲ってくる。
独裁者の勝利を改めて見守って、二度とこんなことがあってはいけないと内省するための映画なのだ。
「大統領暗殺裁判 16日間の真実」には映画オリジナルのキャラクターで、勝つために様々な方法を思いつく主人公の弁護士チョン・インフが登場する。
彼は最初、勝つために手段を選ばないが、徐々に映画の良心となっていく。
映画で自分の国の現代史における暗部を描くには、客観性と内省という愛国心を持たなければならない。
日本映画も現代史において、そのような自省のある政治映画を作ることができるだろうか?
「大統領暗殺裁判 16日間の真実」
監督:チュ・チャンミン
出演:チョ・ジョンソク/イ・ソンギュン/ユ・ジェミン
2024年/124分/韓国
原題または英題:Land of Happiness
配給:ショウゲート
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8月22日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかロードショー