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舟に乗って逝く

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佐藤結


ゆっくりと流れる時間のなかで、それぞれの人生を振り返り、
その後をどう生きていくかを考えるようになる

親と子のあいだの距離ほど不思議なものはない。

他の誰よりも「近い」と思うがゆえにお互いの存在が当たり前となると、いつの間にか物理的にも精神的にも、「遠く」に離れてしまうことは珍しくない。

そうなると再び距離を縮めるのはなかなか難しくなるが、どんな人も逃れられない死の訪れが、否応なしに両者を引き寄せることもある。

中国の東部沿岸部浙江省湖州市に位置する都市・徳清。

かつては街のなかを流れる運河を何艘もの小舟が行き来していた、風情のあるこの場所で生きてきた老婦人ジン。

遠い昔に幼い長男に先立たれ、その後、夫も見送った彼女は、住み慣れた家で一人暮らしを続けてきた。

アメリカ人の夫と娘とともに上海に暮らす長女ジェンは、たまに顔を見せるが長居はせず、次男のチンは旅行ガイドをしながら各地を転々としている。

そんな生活に慣れていたジンだったが、ある日、重い病を患っていることがわかる。

そのことを知ったジェンとチンは久しぶりに故郷に戻り、母のかたわらで過ごし始める。

1994年生まれのチェン・シャオユー(陳小雨)監督が、死後について語る自身の祖母の言葉をきっかけに構想し、故郷の街で完成させた今作。

プレス資料のなかで監督が影響を受けたと語っているように小津安二郎作品を思わせる家族の物語だ。

特に、疎遠になった親との再会とその死という設定や、長男と夫という“不在”の人物たちがとても大事な意味をもっているところは「東京物語」(53)と重なる。

あるいは、娘や息子よりも少し距離の離れた孫タオ(長女と前夫とのあいだに生まれた男の子)との強い絆は、(やや強引ながら)「東京物語」の老夫婦と原節子演じる次男の妻との関係を思い出させた。どこの国でも、親子というのは、なかなか素直に思いを通わすことができず、思いがけない人物が心の支えとなるものなのかもしれない。

もちろん、現在30歳のチェン・シャオユー監督と映画の公開当時50歳だった小津との年齢差を感じさせる違いもある。

「東京物語」では、母親が亡くなったあと、三男が「さればとて、墓に布団も着せられず、や」と、生前に親孝行ができなかったことを嘆くが、「舟に乗って逝く」の娘と息子は、死の近づく母のもとに戻り、それぞれのやりかたで寄り添う。

さらに、中庭のある静かな家にゆっくりと流れる時間のなかで、それぞれの人生を振り返り、その後をどう生きていくかを考えるようになる。

こうした、子ども世代の明日を感じさせる展開に、チェン・シャオユー監督の若さを感じた。

あるいは、いくつもの人生の終わりを見つめながら流れてきた川のある風景が、諦念ではなく未来を選び取らせたのかもしれない。

映画の冒頭でジンは、近所の友人たちとともに、ある家の通夜の席で念仏を唱えている。

これは浙江省や江蘇省一帯で見られる、亡くなった人をあの世に渡すための儀式だそうで、参加した老婦人たちには日用品といくらかのお礼が渡されるという。

娘のジェンは、この風習を嫌っていたが、個人的には普段から親しくしていた人たちの念仏に送られるというのは、とてもいいなと思えた。


「舟に乗って逝く」
監督・脚本・編集:チェン・シャオユー
出演:ゴー・ジャオメイ/リウ・ダン/ウー・ジョウカイ
2023年/99分/中国
原題または英題:乗船而去 Gone with the Boat
配給:ムヴィオラ、面白映画
© 2023 Fractal Star Film Production Co., Ltd., Infinina Media Co., Ltd.

6月13日(金)グランドシネマサンシャイン池袋、アップリンク吉祥寺、kino cinéma心斎橋ほか全国順次公開


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