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review

朝の火

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金原由佳


青山真治が1990s年代生まれの世代へと託した、
異形な映画作りを恐れない知勇の証としてひとつの到達点

各家庭から出たごみを収集し、処理場へと運ぶ。それが「朝の火」の主人公(山本圭将)の仕事である。便宜上、脚本では祐一という名が与えられているが、スクリーンの中でその名が誰かの口から出てくることは一度もない。逆に、祐一からは、日常で多くの時間を共にする次郎(福本剛士)というコンビへの呼びかけが何度もリフレインされる。じろう、じろう、じろーう。山彦のように反響する声は祐一の繰り返される日常にやがて訪れるだろう実態と幻影のズレを予感させる。冒頭、ゴミ処理所の焼却炉の中で燃える明々とした火の赤が色づくほかは、祐一が見る世界はモノトーンだ。

職場の上司は次郎が臭いということから端を発し、彼への攻撃的な態度を日々強めていき、その都度、祐一は気をそらそうとするが、次郎の間の悪さは変わらない。鬱憤は静かに次郎の中に蓄積され、はけ口は仕事終わりの夜の焚火や、埋蔵金を探すという口実の穴掘りへと繋がっていく。次郎はつねに試行錯誤を繰り返す動的な人として提示され、祐一はそれをただ見つめる静の人として佇む。印象的に差し込まれるのは、誰かが割った水槽と、そこから零れ落ちて、少ない水の中であえぐ金魚のショットだ。

祐一と次郎の関係性をどう解釈するかで、この物語の捉え方は天と地ほどのひらきを持つだろう。あのとき、ああしていればという後悔の物語なのか、逆に選択した結果の物語なのか。厳しい現実から逃避する白昼夢にも見えるし、それとも、日々すれ違うだけの人との関係性を壊すべく、踏み込んだ奇跡の一夜の記憶なのか。もっと残酷な事件まで想像を広げてもみる。どの境界線を越えて見るかの選択は観客に自由に大胆に委ねられる。時節は平成から令和へと変わる端境期で、次郎は26歳になったところ。もう子供でも若者でもない、うんざりするような魔の季節。撮影も2019年、平成最後の3月に撮影されている。

1992年生まれの広田智大監督の初の長編映画で、自己出資で作られた作品だけあって、大人や映画業界人の忖度や介入を寄せ付けない、純度の高い作品となっている。祐一と次郎をどこから見るのかのカメラの場所や構図がラフながらも鮮明で、どのショットからも片時も目が離せない(撮影:鈴木余位)。
また、彼の前作「ひこうせんより」(2015/第4回なら国際映画祭NARA-wave部門出品)でも登場した埼玉県最古の水力発電所跡を祐一と次郎の秘密基地として登場させており、ふたりの精神的なアジールとして際立たせる。祐一と次郎が通う定食屋に時折、徘徊してくる近所の老人が、二人の知らないところで踊る場面では、路上生活者および元路上生活経験者で構成されるパフォーマンス集団「新人Hソケリッサ!」の主宰で、ダンサーのアオキ裕キが振付を担当。そのシークエンスは、何も持たない祐一と次郎に対して、肉体ひとつさえあれば何らかの自由を享受する強さを持つのだと、ある種の返歌として機能する。引っ越し作業を通して二人が知り合う女性、ユキコを演じるのは、「王国(あるいはその家について)」(2018)や、舞台 城⼭⽺の会などで知られる笠島智。
広田は多摩美術大学時代造形表現学部映像演劇学科に在学中、青山真治が教授として赴任。青山は映画製作を大学の4年間で教えるのは無理だと、卒業後も教え子たちにシナリオや小説、音楽など何か創作をする度に見せてほしいと願い、広田もフリーで映画、CM、MVなどの制作部でキャリアを積みながら、シナリオを定期的に送っていた。その過程で、シナリオ単体より、完成作を観てもらった方がいいと創作したのが本作であるが、完成に至る過程で青山は2022年3月に逝去。翌年に行われたお別れ会で、青山のパートナーである女優、とよた真帆が寄せた「教え子たちを含めて、みなさんが創作を続けていくことで、青山の想いが繋がっていってくれる」といった旨の言葉が後押しとなり、撮影から5年越しで完成させた。2024年度のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024の国内コンペティション部門にノミネートされている。

去る3月21日は2022年に亡くなった青山真治の命日だったが、それから3年、広田をはじめ、教え子たちの活動が目立っている。青山が亡くなる直前まで手掛けていた企画「BAUS 映画から船出した映画館」は甫木元空が監督し、命日に公開された。大阪アジアン映画祭では、⼤河原恵が主演・監督を務めた「素敵すぎて素敵すぎて素敵すぎる」が選出され、JAPAN CUTS Awardを受賞。広田智大の「朝の火」の公開と動きは続く。ほかにも、多摩美卒業後、進学した東京藝術大学で実習作品として制作した「とてつもなく大きな」(2020)が第73回カンヌ国際映画祭批評家週間に出品した川添彩がおり、昨年のカンヌで第77回カンヌ国際映画祭の監督週間で国際映画批評家連盟賞を受賞した「ナミビアの砂漠」の撮影の米倉伸は京都時代の教え子となる。「朝の火」の祐一役である山本圭将は甫木元や川添の作品でも強い印象を残し、青山ゼミのアントワーヌ・ドワネルのごとく、青春期の自画像の表徴となっている。「朝の火」が炙り出す燃えつくしたくても燃えない、埋め尽くしても埋めれない、寂しさと虚しさと悲しさがない交ぜとなった強固な感情の結晶は、青山真治が1990年代生まれの世代へと託した、異形な映画作りを恐れない知勇の証としてひとつの到達点を示している。


「朝の火」
監督・脚本・編集:広田智大
出演:笠島智/山本圭将/福本剛士
2024年/日本/82分
配給:マイナーリーグ boid
©2024「朝の火」

4/26(土)よりシアター・イメージフォーラムにて3週間限定ロードショー


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