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賀来タクト
虚構の設定の中に感動作へと昇華させる仕掛け
2000年代初頭、中国の白血病患者は悲鳴を上げていた。
高価な正規抗がん剤に手を伸ばすことができる人間は少なく、大半は家庭崩壊、もしくは死を待つのみだったといっていい。
窮状が続く中、ある日、安価なジェネリック医薬品を密輸して販売する白血病患者が現れ、多くの患者を救っただけでなく、やがて国の医療事情も変えていったという。
これは、そんな2014年に発覚した通称「陸勇事件」をモデルに製作された劇映画。
上海の場末から、物語は始まる。
2002年、怪しいインド薬品店を営むチョン・ヨン(シュー・ジェン)は家賃を滞納し、店舗から追い出される寸前。
病に伏している父親を抱え、別れた妻に息子を持っていかれないためにも、チョン・ヨンにはお金が必要だった。そんなとき、慢性骨髄性白血病をわずらう男リュ・ショウイー(ワン・チュエンジュン)が訪れ、インドから安い抗がん剤を密輸してほしいと頼まれ、これに乗る。
主人公が白血病患者ではなく、密輸薬品店の店主であることから、大元の事実とは異なっている。
さらに、お金のために密輸に走り、それを白血病患者に売って回るという展開は一見、美談からほど遠い。
いや、だからこその劇映画化だったとするべきか。
社会事件・逸話のたぐいを問題作に留めるだけでなく、虚構の設定の中に感動作へと昇華させる仕掛けは今に始まったことではない。
最近では、お隣韓国の韓国語辞書誕生秘話「マルモイ ことばあつめ」があった。
これも、主人公は識字がかなわない無教養のダメ親父。
それがやがて、辞書編纂の要的役割へと転じていく。
「薬の神じゃない!」もどん底にいた男が改心していく物語として、構図・構成は定番だろう。 図式的といってもいい。
前半はどこか騒々しいコメディー、後半はあらゆる死にも直面するシリアスな人間ドラマ。落差が少々大きいが、これは一種の「クリスマス・キャロル」的変奏であり、チョン・ヨンはまさにスクルージなのである。
描写もこなれている。チョン・ヨンが組んだ違法薬密輸チームの販売活動は、時にスローモーションで活写される。
まるでジェリー・ブラッカイマーのプロデュース作品を見ているようだ。
ハイスピード撮影におけるチョン・ヨンなどは「アルマゲドン」のブルース・ウィリスそのもの。
もちろん、販売活動はここでは文字どおり、救済活動。
英雄行為として発展させて悪くない。
いや、それゆえに美談が一層、輝く。補強される。
クライマックスに至っては、もはや「シンドラーのリスト」である。
マスクを外して主人公を囲む白血病患者たちの群れは、夜の鉄道に集まるユダヤ人たちと同義である。
チョン・ヨンが謎めくオスカー・シンドラーと異なるのは、その素性・生活環境が開けっぴろげに描かれていることだけ。
だから、感情移入もできる。普通に楽しめる。
拝金主義のスクルージが自己犠牲をいとわぬ人道的なシンドラーへと転身していく物語として、この映画はわかりやすくあるべきだった。
実話はそのままでは飲みにくいこともある。
苦く、生々しい真実を包むオブラートがここでは恐らく必要だった。
それこそ、多くの人に薬が行き渡るように。
そもそも、善行にはウソがつきものである。
ウソが感動を呼ぶ。
真実をえぐり出す。
ウソこそ映画の方便である。
監督:ウェン・ムーイエ
出演:シュー・ジェン/ワン・チュエンジュン
2018 年製作/117分/中国
原題:我不是薬神
配給:株式会社シネメディア
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10月16日(金)より 新宿武蔵野館 池袋シネマ・ロサ ほか全国ロードショー