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写真:アフロ

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追悼
アン・ソンギ

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真魚八重子


「眠る男」の本当の眠りまで

韓国を代表する俳優であるアン・ソンギが、1月5日に74歳の若さで死去した。

昨年12月25日に食べ物をのどに詰まらせ緊急搬送されていた。
2019年から血液のがんで闘病生活を送っていたともいう。

アン・ソンギのフィルモグラフィーの輝かしさはまさに名優たるものだろう。
子役時代から始まる出演作は、そのまま韓国映画史を辿るものである。
デビューは韓国の怪物のような監督キム・ギヨンの「黄昏列車」(57年)。

キム・ギヨン作品には多数起用され、「10代の反抗」や、日本でもカルト的人気を誇る「下女」(60年)に息子役で出演している。

青年期の80年代には、韓国の映画監督たちがワールドワイドに名を知られるようになると同時に、その主演を務めるアン・ソンギの知名度も世界的なものになる。

イ・ジャンホ監督とのコンビは「風吹く良き日」(80年)、「膝と膝の間」(84年)、「恐怖の外人球団」(86年)などで知られる。

「恐怖の外人球団」というタイトルは一見コメディのようだが、真面目な映画で韓国らしい情念のこもった作品だった。

それ以外にもペ・チャンホ監督とのコンビも多く、グリーンカードを巡る都会的な男女のアーバンなラブストーリー「ディープ・ブルー・ナイト」(84年)、ペーソスに溢れた「鯨とり コレサニャン」(84年)もヒット作となった。

その他のアン・ソンギ出演作ではイム・グォンテク監督「曼陀羅」(81年)、「太白(テベク)山脈」(94年)などもある。この時期は韓国の監督に注目が集まった黄金期であり、アン・ソンギは性格俳優として海外でも知られるようになった。

1995年には小栗康平監督による日本映画「眠る男」にも出演している。
それだけ日本でも知名度を得ていた証拠といえるだろう。

アン・ソンギの役柄は山の事故で意識不明となった男・拓次役で、共演は役所広司。
群馬の山林を舞台に、人の生命の彷徨と自然の共鳴を描いたような作品だ。
アン・ソンギはずっと布団で仰臥したままだが、それが端正で美しく印象に残る。

2000年頃から再び韓国映画のレベルの高さが世界の注目を集めるようになり、日本でも娯楽作として人気を集めるようになった。

アン・ソンギは鬼教官役を演じた「シルミド/SILMIDO」(03)、「デュエリスト」(05)、「第7鉱区」(11年)といったヒット作への出演が続く。

2000年以降は韓国映画の作りも世界標準のエンターテインメントへと変わり、そこに順応したアン・ソンギの出番は以前と変わらず多かった。

「折れた矢」(11年)、「ザ・タワー 超高層ビル火災」(12年)、「神の一手」(14年)と記憶に新しい作品が後期のフィルモグラフィーにも並ぶ。

こうやって振り返ってみても、まさに韓国映画史を一人で体現する俳優であることがわかる。

子役から始まって、韓国映画が世界規模で認められた時期にその代表的俳優であった。

晩年も著名作が続き、その時代ごとの映画を牽引する国民的俳優というべき存在。

そんな偉大な俳優が鬼籍に入ってしまった。


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