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夏目深雪
侯孝賢監督から学んだことは
役者さんとの流動的な関係の作り方です
第26回東京フィルメックスでは、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の映画を始めとした多くの作品で女優として活躍してきた舒淇(スー・チー)の初監督作品「女の子/GIRL」が上映された。
今年の傾向として、特にコンペティション部門でユン・ガウン監督の「The World of Love(英題)」、ロイド・リー・チョイ監督の「ラッキー・ルー(仮)」、タン・スーヨウ監督「アメーバ」、ツォウ・シーチン監督「左利きの少女(原題)」など、少女が主人公や重要な役割を果たす映画が多く上映された。「女の子/GIRL」は中でも母親から精神的な虐待を受けている少女という重い題材を、侯監督作品を彷彿とさせる詩情と、友人とともに垣間見る大人の世界といった仄かな希望の中で描いた傑作である。
女優の第一作としてはいささか重量級過ぎる映画であるが、舒淇は30年も映画界にいるベテランなのである。映画を撮ることになったきっかけ、侯監督への想い、観客の反応などに対する考えを伺った。
――「女の子」の着想は、幼少期の経験に由来しているとのことですが、あなたの過去や記憶をどのように見つめ直して作品にしたのでしょうか。
ある過酷な状況のもとでは、助けを求めたり決断を迫られたりする時があると思います。私の記憶というよりは、私の頭の中に思い浮かんだそういったシーンを通じて、“母”という過去を表現した作品となっています。
――母親役を演じたのは、ジャズシンガーの9m88(ジョウエムバーバー)さんですね。彼女に演じてもらうことになったきっかけは。
あの世代の母親は自分も子どものまま、母親になってしまうことがままありました。だからまだ少女のようなあどけなさがあったり、人生に対しても憧れを持っていて、自分のままならない家庭環境に対して恨みがましい気持ちを持っていたり。母親役が探すのに最も難航したんですが、9m88さんは、本人も不思議な母性のようなものを持ち、笑顔が可愛く、澄んだ目と、まだ何かを渇望しているような雰囲気を持っている方で、彼女に演じてもらいたいと思いました。
――あなたが映画を撮ったのは侯監督に勧められたのがきっかけだということ。もちろん彼の影響やオマージュがこの映画の中にも見られますが、あなたの独自の映画のスタイルももちろんあります。それらはどのようにできたと思われますか。
脚本を書くには十数年という長い時間がかかりましたし、難関もありました。例えば結末をどうするかも悩み、侯監督にアドバイスを頂いたこともありました。どうやって自分の映画を表現するかについては、枠の中でどう撮るか考えるよりは、一つの紙を置いて何を思っているのか、どういう風に表現したいかとまず考える。直接的に表現するようにすると、結果的にパズルのように完成度の高い作品が撮れるというアドバイスをもらいました。
また、自分の小さい時の記憶と連携しているテーマを選ぶと、感情のコントロールがしやすい。キャラクターとキャラクターの関連、流れなども掴みやすいというのも貴重なアドバイスでした。もちろん赤い風船など、侯孝賢監督の影響を深く受けて撮られたシーンです。タイトルも「女の子/GIRL」ですし、痛みやストレスを感じているうちに、女の子というものは幻想的なものを生み出すと考えています。自分のスタイルに関しては、現実的なものではなくて、抽象的・想像的なものだと思っています。
――侯監督から映画の真髄のようなものを受け取ったのではと想像しますが、それは何でしょうか。
一番学んだのは、役者さんとの流動的な関係の作り方です。「絶対こういう風に演じてください」と限定的にするよりは、枠にはまらないように、自由に動いて頂く。もちろん、子役の方たちはある程度誘導は必要でしたが、9m88さんや父親を演じた邱澤(ロイ・チウ)さんには自分の思うまま、自分のやり方でいったん動いて頂くという風にしました。自分が考える役のイメージを俳優さんにやってもらうというより、俳優さんが持っているイメージをそこでやってもらうこと。それこそが正解であり、私にとってもそれを見ることが衝撃であり、楽しみでした。
――あなたにとって侯監督はどういう存在ですか?
賢者、父、私を導いてくれた存在です。2000年代以降、「ミレニアム・マンボ」(01)、「百年恋歌」(05)、「黒衣の刺客」(15)等の作品に参加することができ、それがなければ今の自分の成果はないと考えています。
――侯監督のみならず、アンドリュー・ラウ監督、メイベル・チャン監督、スタンリー・クワン監督、アン・ホイ監督等、一流の監督たちと仕事をされていらっしゃいます。彼らから学んだことはありますか?
私は幸運なことに30年ほどこの業界で女優として活動することができ、本当にたくさんの監督たちと仕事をさせて頂き、影響ももちろん受けています。映画の製作自体はそのおかげでスムーズにいったと考えています。その中でいいものはできるだけ取り入れ、悪いものは入れないようにしました。私は自分では一番年上の新しい監督だと考えておりまして、初めての作品ということもあり、伝え方にはかなり自分の想いがありました。
――この作品はベネチア映画祭のコンペティション部門でまず上映され、釜山映画祭で最優秀監督賞を受賞しました。海外の映画祭の反応はどのようなものだったんでしょうか。
この映画を作った時に考えたのは、この映画で描かれたような家庭に育った方は、負のエネルギーというのは強いので、ずっとその感情に消耗されていってしまう。時代が違うというのもあります。昔の親は愛情を表現しないことが多かった。今の時代は、愛情は表現しないと伝わらない、という時代です。
釜山映画祭での上映後、「この映画は残酷過ぎて好きじゃない」という意見をたくさん読んで、考えさせられました。過去にいろんな人がいろんな形で傷を負っているので、その傷口を広げられてしまった、つらかった過去を思い出したくないという人たちがいるんだと、とても印象に残っています。
――確かに前半は残酷なシーンも多いですが、ラストシーンで救われた感じがあって、感動する方もいるのではないかと思いましたが。
もちろんそうだと思います。そういうものを乗り越えて来た方たちもたくさんいらっしゃるわけだから。作品というものは、お互い励ましたり癒したりできるものだと思っています。虐待してしまうような親も、子どもに愛情がないわけではなく、愛し方や育て方が分からなかったりしてそうなってしまう方もいるのではないかと思います。私の視点は、彼らを許すとか許さないとか、そういうものではなく、彼らの立場も理解できるというものです。
――女優と監督、今後はどちらをやっていきたいと考えていらっしゃいますか。次回作の予定はありますか。
今、考えている題材はあって、現代を生きる女性についての物語です。ただ次作を撮るには数年かかるでしょう。
もちろん、これからも女優としての活動を続けます。
「女の子/GIRL」
監督:スー・チー
2025/125分/台湾
第26回東京フィルメックスにて上映